心理学ディシプリンのイノベーション理論、リーダーシップの理論とセンスメイキング理論

心理学ディシプリンのイノベーション理論、リーダーシップの理論とセンスメイキング理論

このページ内の目次

リーダーシップ研究の歴史

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

関連情報
 2024年04月06日 関連情報:戦略とイノベーションは同義 | 競争優位を連鎖して獲得することが必要
 2020年02月20日

『世界標準の経営理論』(入山 章栄、ダイヤモンド社、2019年)では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために発展してきた「経営理論」を、可能なかぎり網羅・体系的に整理しています。

そして本書では、「戦略」「イノベーション」というビジネス現象と相性の良い経営理論について整理しています。

その中で、戦略とイノベーション戦略が融合する現代において、戦略に心理学ディシプリンを取り込むことが重要であるとしています。

本書では、心理学ディシプリンを、主に認知心理学をベースとして組織全体の行動メカニズムを描く「マクロ心理学ディシプリン」と、「個人やチーム」に焦点を当てた「ミクロ心理学ディシプリン」とに分けて、詳細に解説しています。

そこで、組織内のより細かい単位の行動メカニズムをとらえるミクロ心理学ディシプリンの「リーダーシップの理論」と「センスメイキング理論」について、その概要を整理します。

リーダーシップ研究の歴史

ニューヨーク州立大学ビンガム校のバーナード・バスによる定義

リーダーシップとは、状況あるいはメンバーの認識・期待の構成・再構成がしばしば行われる(二人以上のメンバーから成る)グループにおける、メンバー間の相互作用のことである。

この場合リーダーとは「変化」を与える人、すなわち他者に対して(その他者がリーダーに影響を与える以上に)、影響を与える人のことを指す。

グループ内のある人が他メンバーのモチベーション・能力を修正する時、それをリーダーシップという。

定義のキーワードは変化・影響・動機であり、リーダーシップとは、CEOやキャプテンのような役職とは限らず、あくまでも心理的に「他者に変化をもたらす」ことを指している。

リーダーシップの理論(leadership theories)

「個性の理論」「行動の理論」「コンティンジェンシー理論」の三つは古典的な理論であるのに対し、「リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)」「トランザクショナル・リーダーシップ(TSL)とトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(TFL)」は1980年代以降のリーダーシップ研究の中心として君臨している。

そして「シェアード・リーダーシップ」は2000年代に入って注目されている「新時代のリーダーシップ理論」の代表である。

リーダーシップの理論(古典的理論)

リーダーシップの理論(古典的理論)

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

「個性の理論」は、「リーダーを務める人は、他の人と比べて特異でユニークな資質・人格がある」という前提に立ち、リーダーシップの発揮には二種類がある。

  • ・リーダーシップ・エマージェンス(自然発生的なリーダーシップ)
    役職の決まっていない平等な集団において、仕事を進めた結果として周囲に目されるようになる人を指す。
  • ・リーダーシップ・エフェクティブネス
    CEOや部長などの役職のように、誰がリーダーかは最初から決まっている。

「行動の理論」は、リーダーの「行動」に着目した理論である。

  • ・リーダーの行動スタイルを、「業務重視」と「従業員重視」に分けることが重要である。
  • ・「ルール・役割分担などの設計」と「部下との友好的な人間関係」と、二つの重視するスタイルに分類することができる。
    「ルール・役割分担などの設計」を重視するスタイルはリーダー自身のパフォーマンスと強いプラスの関係を持ち、「部下との友好的な人間関係」を重視するスタイルはフォロワーの満足度やモチベーションなどと強いプラスの関係を持つ。

「コンティンジェンシー理論」は、「リーダーの個性・行動の有効性は、その時々の『状況・条件』による」という主張である。

リーダーシップの理論(新時代の理論)

リーダーシップの理論(新時代の理論)

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

「リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)」は、リーダーと部下(メンバー)の心理的な交換・契約関係に注目している。

  • ・以前のリーダーシップ研究では、「リーダー固有の特性・行動スタイルは、部下に均一に影響を与える」というのが暗黙の前提になっていたが、現実的には異なり「『誰が部下か』によって対応・関係性は変わりうる」ということに注目している。
  • ・リーダーと部下の関係を「暗黙の交換・契約関係」と見なして、「心理的な交換・契約関係」は日々の業務を通じて何度も繰り返されるプロセスの蓄積である。
  • ・一般的には、「質の高い交換関係」をリーダーが築けた部下ほど、業務パフォーマンスが向上し、組織へのコミットメントが高まり、離職率が低下する。

リーダーシップの理論(TSLとTFL)

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

「トランザクショナル・リーダーシップ(TSL)とトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(TFL)」は、相矛盾するものではなく、むしろ「優れたリーダーシップ」として補完関係にある。

  • ・TSLは、部下を観察し、部下の意思を重んじ、あたかも心理的な取引・交換(トランザクション)のように部下に向き合うリーダーシップである。
    状況に応じた報酬、例外的な管理
  • ・TFLは、明確にビジョンを掲げて自社・自組織の仕事の魅力を部下に伝え、部下を啓蒙し、新しいことを奨励し、部下の学習や成長を重視するリーダーシップである。
    カリスマ、知的刺激、個人重視
  • ・不確実性の高い事業環境下にある企業においては、カリスマ型リーダーシップが業績を高める傾向にある。

「シェアード・リーダーシップ(SL)」は、「垂直的な関係」ではなく、それぞれのメンバーが時にリーダーのように振る舞って、他のメンバーに影響を与え合うという「水平関係」のリーダーシップである。

  • ・従来のリーダーシップ理論は「特定の一人がリーダーシップを執る」ことが前提であったのに対し、SLは「グループの複数の人間、時には全員がリーダーシップを執る」と考える。
  • ・垂直的なリーダーシップよりもSLの方がチーム成果を高めやすく、特に複雑なタスクを遂行するチームにおいて強い。

センスメイキング理論(sensemaking)

センスメイキング理論

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

センスメイキング理論は、組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論である。

センスメイキング理論は抽象的で、深遠で、哲学的な背景も必要とするが、「未来をつくり出そうとしている経営者」ほどセンスメイキング能力が高い。

  • ・センスメイキングは、「見通しの難しい、変化の激しい世界で、組織がどのように柔軟に意思決定し、新しいものを生み出していく」ことに示唆を与える。
  • ・「イノベーション」「組織学習」「ダイナミック・ケイパビリティ」「組織の知識創造理論」「リーダーシップ」「意思決定」といったテーマに、違った角度から光を当てる。

「実証主義」と「相対主義」の二つの立場でビジネス環境を見ることができるが、センスメイキングは認識論的相対主義に近い立場をとる。

  • ・実証主義
    自分が現在直面しているビジネス環境は、周囲の誰にも同じように見えるため、事業環境を正確に分析すれば、普遍的な真実・真理が得られる。
  • ・相対主義
    誰もが共有する「絶対的なビジネス環境の真理」はなく、主体は客体(環境)の一部と考え、自身が活動して環境へ働きかければ、環境認識も変化していく。

センスメイキングの全体像は、相対主義を前提として、主体(自身・自身のいる組織)と客体(周囲の環境)の関連性についてのダイナミックに循環するプロセスととらえる。

プロセス1.環境の認知

  • ・センスメイキングは、新しかったり、予期しなかったり、混乱的だったり、先行きが見通しにくい環境下で重要となる。
  • ・危機的な状況
    市場の大幅な低迷、ライバル企業の攻勢、急速な技術変化、天変地異、企業スキャンダルなどに直面した時
  • ・アイデンティティへの脅威
    急激な業界環境の変化によって自社の事業・強みが陳腐化したといった、自社のアイデンティティが揺らいでいる状況
  • ・意図的な変化
    新事業創造やイノベーション投資など、企業が意図的に戦略転換を行う時

プロセス2.解釈を揃える

  • ・重要なキーワードは「多様性」であり、同じ環境でも認識された周囲の環境をどう解釈するかで、その意味合いは人によって異なる(多義的になる)
  • ・「組織の存在意義は解釈の多様性を減らし、足並みを揃える」ことにあるため、同じ組織に属するからこそ人々は密なコミュニケーションをとり、事業環境や自社の方向性などについての解釈を集約できる。
  • ・リーダーに求められるのは、多様な解釈の中から特定のものを選択し、意味付け、周囲に理解させ、納得・腹落ちしてもらい、組織全体での解釈の方向性を揃えることである。

プロセス3.イナクトメント(行動をもって環境に働きかけること)

  • ・相対主義では主体(組織)は客体(環境)と分離できないから、組織は行動して環境に働きかけることで、環境への認識を変えることができる。
  • ・センスメイキング理論では「行動」が重要になり、「行動」を循環プロセスの出発点としてとらえている。
  • ・多義的な世界では、「何となくの方向性」でまず行動を起こし、環境に働きかけることで、新しい情報を感知する必要があり、そうすれば認知された環境に関する解釈の足並みをさらに揃えることができる。
センスメイキングの7大要素

センスメイキングの7大要素

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

「大まかな意思・方向性を持ち、それを信じて進むことで、客観的に見れば起きえないことを起こす力が人にはある」というのも、センスメイキングのもう一つの命題であり、これを「セルフ・フルフィリング(自己成就)」という。

優れた経営者・リーダーは、組織・周囲のステークホルダーのセンスメイキングを高めれば、周囲を巻き込んで、客観的に見れば起きないような事態を、社会現象として起こせる。

そのために必要となるのは、多義的な世界で、未来へのストーリーを語り、周囲をセンスメイキングさせ、足並みを揃え、環境に働きかけて、まずは行動することである。

参考

戦略・イノベーションと経営理論(当サイト)
関係する書籍(当サイト)

トップに戻る

関連記事

前へ

変化の激しい時代に勝つためには、複数の「競争の型と経営戦略の組み合せ」を内包させることが重要

次へ

ビジネスと経営理論、ビジネスを説明できる理論はないが「ビジネスの目的は何か」を考え続ける

Page Top