シュンペーター型競争環境に適合する経営理論、経済学・心理学・社会学の経営理論を重層化

シュンペーター型競争環境に適合する経営理論、経済学・心理学・社会学の経営理論を重層化

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シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

『世界標準の経営理論』(入山 章栄、ダイヤモンド社、2019年)では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために発展してきた「経営理論」を、可能なかぎり網羅・体系的に整理しています。

そして本書では、「ビジネス現象と理論のマトリックス」について整理しており、「戦略・イノベーション」「ビジネス」と経営理論についても焦点を当てています。

その中で、企業の競争には3つの型があり、その「競争の型」を理解して適応する「戦略タイプ」を講じることが重要であると提言しています。

一方、経営理論が光を当てる対象として「ビジネス」ほどやっかいなものはない、「現代の経営理論はビジネスを説明できない」とさえ述べています。

そこで、ビジネス現象の「戦略・イノベーション」「ビジネス」に適合する経営理論のまとめとして、「不確実性の高さ」あるいはそれに基づく「予測のしにくさ」に視点を置いたシュンペーター型の競争環境に適合する経営理論の中から、注目する経営理論について俯瞰します。

「競争の型」に適応した「戦略タイプ」、注目する経営理論

企業の競争には、「IO型」「チェンバレン型」「シュンペーター型」の3つの型があり、その「競争の型」を理解して適応する「戦略タイプ」を講じることが重要となります。

特に変化の激しい時代に勝つ企業は、「複数の『競争の型と経営戦略の組み合せ』を内包し、そこで勝つ事業と資金を循環させる」ことが重要となります。

IO型の競争やチェンバレン型の競争は、将来の事業環境や自社の長期的な強みはある程度予測が立つという視点に基づいているが、シュンペーター型は、「不確実性の高さ」あるいはそれに基づく「予測のしにくさ」に視点を置いています。

そこで、事業環境の変化を認識して適切に対応することが必要になりますが、人・組織の認知には限界があります(限定された合理性)。

認知心理学(マクロ心理学ディシプリン)では、人・組織の「周辺環境から情報を認識・収集して、それを処理し、アウトプットを生み出すプロセス」に着目し、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「知の探索・知の深化の理論」や「ダイナミック・ケイパビリティ理論」に注目します。

そして、企業は人から成り、ビジネスが人によって行われている以上、個人にフォーカス(ミクロ心理学ディシプリン)して、その行動・意思決定プロセスを理解することが不可欠となります。

マクロ心理学が認知心理学をベースとして組織全体の行動メカニズムを解き明かしているのに対し、ミクロ心理学は「リーダーシップ」「モチベーション」「意思決定」などの「組織行動・人事」を解き明かす理論で、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「リーダーシップの理論」「センスメイキング理論」に注目します。

さらに、産業も、組織も、企業も、ビジネスの世界は、「人と人からなる社会」であり、これからの時代は「人と人の社会的なつながり」が重要となります。

人・組織の社会的な関係性のメカニズムを解き明かす理論(社会学ディシプリン)を思考の軸として備えておくことは有用で、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「組織エコロジー理論」「エコロジーベースの進化理論」「レッドクィーン理論」に注目します。

理論ディシプリン

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

企業の競争における3つの型

競争の型と戦略の関係

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

企業の競争には3つの種類の型があり、違う型の環境では違う戦略が求められ、それらは違う経営理論で説明される。

各業界がきれいに3つの型のどれかに区分されるとは限らないし、実際には複数の「型」を内包する場合も多い。

IO型の競争やチェンバレン型の競争は、将来の事業環境や自社の長期的な強みはある程度予測が立つという視点に基づいているが、シュンペーター型は、「不確実性の高さ」あるいはそれに基づく「予測のしにくさ」に視点を置いている。

IO型の競争(industrial organization competition)

  • ・経済学の産業組織論(industrial organization)に基づく競争の概念を「IO型の競争」と呼び、産業・競争環境の構造要因が競争に影響を及ぼす状況を指す。
  • ・ここでの戦略は、環境そのものを変えることであり、そのために参入障壁を築いたり、差別化で企業グループ間の移動障壁を高めたりすることが有効である。
  • ・適合する主な経営理論:SCP理論(structure conduct performance:構造・遂行・業績)

チェンバレン型の競争(chamberlainian competition)

  • ・独占競争(monopolistic competition)モデルに基づいた競争の考え方で、製品・サービスが企業ごとに差別化されている状況を所与として組み込んでいる。
  • ・そもそも全ての企業がある程度差別化されているのは前提で、問題は「その厳しい競争の中でどのように『勝つ差別化』をするか」ということであり、そのためには企業の持っている技術、知識、ブランド、人材などが重要である。
  • ・適合する主な経営理論:RBV(rsource based view)

シュンペーター型の競争(schumpeterian competition)

  • ・人間には完全な予測は不可能で、だからこそ、その不確実な将来の道標として、戦略、計画、経営者のビジョンが必要となる。
  • ・予想しにくい事業環境では、事前に練られた精微な戦略や計画よりも、「試行錯誤をして、色々なアイデアを試し、環境の変化に柔軟に対応する」ことが必要となる。
  • ・適合する主な経営理論:知の探索・知の深化の理論(exploration and exploitation)、ダイナミック・ケイパビリティ理論(dynamic capabilities)

参考:経営理論の整理(当サイト)

シュンペーター型競争環境に適合する経営理論

シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

組織学習・企業変化:認知心理学ベースの組織全体の行動メカニズム

組織学習の循環プロセス

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

認知心理学(マクロ心理学ディシプリン)では、人・組織の「周辺環境から情報を認識・収集して、それを処理し、アウトプットを生み出すプロセス」に着目し、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「知の探索・知の深化の理論」や「ダイナミック・ケイパビリティ理論」に注目します。

イノベーションは広義の「組織学習」の一部といえ、イノベーションも組織学習も「何かを経験することで学習し、新しい知を得て、それを結果として反映させる」という意味においては、本質は変わらない。

組織学習は「経験」であり、「組織の知の変化」であり、イノベーションも「知の探索」という経験を通して、新しい知を生み出すと捉えられる。

組織学習は、「組織・人・ツール」「経験」「知」という3つの要素で構成される一連の「循環プロセス」と捉える。

知の探索・知の深化の理論(exploration and exploitation)

  • ・両利きの経営とは、知の探索と知の深化が高いレベルでバランスよくできる経営である。
    ・人や組織は認知に限界があるので、知の探索をして認知の範囲に出て、知と知を新しく組み合わせる必要がある。
    ・一方、そこで生まれた新しい知は徹底的に深掘りされて、収益化につなげる必要もある。
  • ・企業は、オープンイノベーションやコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)投資などにより、戦略レベルで「両利きの経営」を促すことが重要となる。
  • ・組織レベルで「知の探索」を促す施策としては、組織を「知の探索部門」と「知の深化部門」に分けて独立性を持たせながら交流を促すことに加え、人材の多様化(ダイバーシティ)を進めることである。
    さらに、個人レベルでも「知の探索」を進めるべきである。

ダイナミック・ケイパビリティ理論(dynamic capabilities)

  • ・ダイナミック・ケイパビリティは、「急速に変化するビジネス環境の中で、変化に対応するために内外の様々なリソースを組み合せ直し続ける、企業固有の能力・ルーティン」の総称である。
  • ・競争の型がシュンペーター型に移りつつある環境で企業に求められるのは、「業績が落ちかけても、すぐに新しい対応策を打って業績を回復できる力(変化する力)であり、「一時的な競争優位を連鎖して獲得する」ことである。
  • ・「企業が絶えずリソースを組み合せ直すプロセス」なので、それが組織内でルーティン化されなければならないが、ダイナミック・ケイパビリティには、「センシングとサイジング(ティース型)」と「シンプル・ルール(アイゼンハート型)」という二つの異なる考え方がある。
    ・「センシング(sensing)」は事業機会や脅威を感知する力で、「サイジング(seizing)」はセンシングによって感知した事業機会を実際に「とらえる」ことである。
    ・「シンプル・ルール」は、「変化が激しい環境下で企業がダイナミック・ケイパビリティを発揮するには、数を絞ったシンプルなルールだけを組織に徹底させ、後は状況に合わせて柔軟に意思決定すべき」という考えに基づいている。

参考:経営理論の整理(当サイト)

ビジョンと啓蒙・腹落ち:組織行動・人事のメカニズム

リーダーシップ研究の歴史

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

マクロ心理学が認知心理学をベースとして組織全体の行動メカニズムを解き明かしているのに対し、ミクロ心理学は「リーダーシップ」「モチベーション」「意思決定」などの「組織行動・人事」を解き明かす理論で、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「リーダーシップの理論」「センスメイキング理論」に注目します。

リーダーシップの理論(leadership theories)

  • ・「個性の理論」「行動の理論」「コンティンジェンシー理論」の三つは古典的な理論であるのに対し、「リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)」「トランザクショナル・リーダーシップ(TSL)とトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(TFL)」は1980年代以降のリーダーシップ研究の中心として君臨している。
  • ・「トランザクショナル・リーダーシップ(TSL)とトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(TFL)」は、相矛盾するものではなく、むしろ「優れたリーダーシップ」として補完関係にある。
    ・TFLは、明確にビジョンを掲げて自社・自組織の仕事の魅力を部下に伝え、部下を啓蒙し、新しいことを奨励し、部下の学習や成長を重視するリーダーシップである。(カリスマ、知的刺激、個人重視)
  • ・「シェアード・リーダーシップ(SL)」は、「垂直的な関係」ではなく、それぞれのメンバーが時にリーダーのように振る舞って、他のメンバーに影響を与え合うという「水平関係」のリーダーシップである。

センスメイキング理論(sensemaking)

  • ・センスメイキング理論は、組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論で、抽象的で、深遠で、哲学的な背景も必要とするが、「未来をつくり出そうとしている経営者」ほどセンスメイキング能力が高い。
  • ・「実証主義」と「相対主義」の二つの立場でビジネス環境を見ることができるが、センスメイキングは認識論的相対主義に近い立場をとる。
    相対主義:誰もが共有する「絶対的なビジネス環境の真理」はなく、主体は客体(環境)の一部と考え、自身が活動して環境へ働きかければ、環境認識も変化していく。
  • ・優れた経営者・リーダーは、組織・周囲のステークホルダーのセンスメイキングを高めれば、周囲を巻き込んで、客観的に見れば起きないような事態を、社会現象として起こせる。
    そのために必要となるのは、多義的な世界で、未来へのストーリーを語り、周囲をセンスメイキングさせ、足並みを揃え、環境に働きかけて、まずは行動することである。

参考:経営理論の整理(当サイト)

組織進化・共進化:人・組織の社会的な関係性のメカニズム

VSRSメカニズム

入山 章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成

産業も、組織も、企業も、ビジネスの世界は、「人と人からなる社会」であり、これからの時代は「人と人の社会的なつながり」が重要となります。

人・組織の社会的な関係性のメカニズムを解き明かす理論(社会学ディシプリン)を思考の軸として備えておくことは有用で、シュンペーター型の競争環境に適合する経営理論として「組織エコロジー理論」「エコロジーベースの進化理論」「レッドクィーン理論」(総称して「エコロジーベースの理論」)に注目します。

エコロジーベースの理論は、生物学で探求された生物社会のメカニズムを組織間の関係性に応用する分野で、「人は生物の一部であり、人が織りなす組織社会も、生物学・生態学のメカニズムでとらえることができる」という視点です。

生物と企業の違いは、企業は「環境から一方的に制約されて選ばれるだけではなく、時には生態系を渡り歩いて生き抜けることができる」ということにある。

組織エコロジー理論(organization ecology theory)

  • ・エコロジー分野の中心的な理論で、企業社会を生物社会に見立てて「企業の生死のメカニズム」などを解明することが主目的である。
  • ・3つの前提にある。
    ・企業の本質は変化しない:限定された合理性(内部)とレジティマシー(正当性)効果(外部)
    ・自然選択のメカニズム:VSRメカニズム(多様化→淘汰・選択→生き残り)
    ・超長期視点:メガトレンドに基づく業界の生態系変化を見越す習慣
  • ・近年の経営環境下で企業にとって特に重要となるのは「超長期視点」で、経営陣がメガトレンドを真剣に議論し、これを全員が腹落ちするまで徹底的に共有することにある。

エコロジーベースの進化理論(evolutionary theory)

  • ・「組織エコロジー理論」が産業・業界などの企業の固有群の動的変化というマクロ視点を持ったのに対し、「エコロジーベースの進化理論」は企業内部の変化というミクロに焦点を当てる。
    ・組織エコロジー理論:「組織は本質的に変化しにくい」という前提
    ・進化理論:「なぜ変化しにくいのか」「あえて変化を起こすには」といった組織内部のメカニズム
  • ・「認知心理学ベースの進化理論」の基盤が認知心理学にあるのに対し、「エコロジーベースの進化理論」は生態学の「多様化と競争による自然淘汰」のアナロジーが原点にある(VSRSメカニズム)。
    ・認知心理学:人は認知に限界があるので、組織内の行動をルーティン化させて記憶し、それが組織の継続的な進化にもつながりうるし、逆に硬直化にもつながる。
  • ・VSRSメカニズム
    ・多様化:生態系に様々な生物種が生まれる
    ・選択:自然環境に適合した生物種だけが生き残る
    ・維持:特定環境にDNAが適合した生物は子孫を残す
    ・苦闘:環境変化に対応できずに苦闘する

レッドクィーン理論(red queen theory)

  • ・企業の「共進化メカニズム」を解き明かそうとするもので、日本では「切磋琢磨」という言葉が使われるが、他方では「ガラパゴス化」という「共進化の罠」のメカニズムを提示している。
  • ・共進化とは、「他生態系のダイナミックな変化を自身の生態系に取り込み、一方で自身の生態系を他生態系が取り込むことで多様性などの幅を広げ、両生態系がともに進化する」というメカニズムで、二つの生態系が互いに交流することで進化する「手を携えた共進化」と、「生存競争による共進化」がある。
  • ・「企業はライバルとの競争が激しいほど、自身を進化させること(サーチ)を怠らないので、結果として生き延びやすくなる」というのが基本理論となるが、激しい競争にさらされ過ぎると、やがて競争そのものが自己目的化してしまい、競合相手だけをベンチマークする(知の深化型の共進化)ようになり、結果として別の競争環境で生存できる力を失うことになる。
    ・競合相手を過度にベンチマークした細かなスペック競争や過度の品質競争(ガラパゴス競争)などは、「知の深化型の共進化」のスパイラスに陥ることになる。
    ・環境変化が激化し、シュンペーター型に移っていく可能性が高ければ、企業の目的は「競争」ではなく「自身のビジョン」に置くべきである。

参考:経営理論の整理(当サイト)

ビジネス(ビジネスの目的とは何か?)

『世界標準の経営理論』(入山 章栄、ダイヤモンド社、2019年)では、経営理論が光を当てる対象として「ビジネス」ほどやっかいなものはない、「現代の経営理論はビジネスを説明できない」とさえ述べています。

経営理論は、あくまでも、企業・組織・人、人と人の関係のメカニズムを解き明かす理論であって、ビジネスそのものの理論ではない。

近年は多くの経営者は、「ビジネスの目的は、社会の様々な人々や従業員、ステークホルダーの幸せを追求することである」と主張し始めている。

ミシガン大学のジェームズ・ウォルシュ(2015年)

ビジネスの目的とは何か?

法は正義のために、医学は健康のために、そしてビジネスは「  」のために。

これからも「ビジネスの目的とは何か?」について考え続けながら、それらに適合する経営理論を研究していきたいと思います。

参考:経営理論の整理(当サイト)

参考

戦略・イノベーションと経営理論(当サイト)
関係する書籍(当サイト)

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