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イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論
Uncertainty Principle of Innovation
太田 裕朗(著)、山本 哲也(著)
出版社:幻冬舎 (2022/5/6)
Amazon.co.jp:イノベーションの不確定性原理
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”ヘリコプターマインド”こそ飽くなきトライアンドエラーの源泉
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本書は、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表でありベンチャーキャピタリストである著者お二人が、イノベーションの実態や発生の仕組みについて重ねてきた議論をまとめた一冊です。
イノベーションとは何か、不確定な世界でイノベーションを可能にし事業化させるにはどうすべきか、そして次世代のイノベーションを起こしていくためにはどうすべきかを議論していますので、ビジネスリーダーやイノベーターの方々にとって、科学的ブレイクスルーに基づいたイノベーションや事業の創出を考えていくうえで参考になります。
本書は6章で構成されており、イノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか、誕生の仕組みを紐解いています。
- ・第1章では、イノベーションとは産業革命を契機にして始まった人類社会の新たな進化プロセスであると再確認し、これまでのイノベーションとはどのような歩みだったのかを整理しています。
- ・第2章では、イノベーションを促すアメリカの資本主義、明治維新を経て近代化に進んだ日本など、これまでの産業革命の背後にあったものを紐解きながら、不確定な世界ではトライアンドエラーの繰り返しが重要であることを示しています。
- ・第3章では、トライアンドエラーを繰り返す場「るつぼ」が形成されていない傾向にある日本の現状を指摘し、イノベーションを事業化するためには科学的ブレークスルーを応用して社会に実装するプロセスが必要であることを示しています。
- ・第4章では、科学的ブレイクスルーにアップサイドを見る「ヘリコプターマインド」を紹介しながら、ダウンサイドのリスクをマネジメントしながらアップサイドを追求することの重要性を提言しています。
- ・第5章では、イノベーションの出発点となる「今注目すべき科学的ブレイクスルー」について、それぞれのテーマの今後の可能性を展望しています。
- ・第6章では、イノベーションは人類が包摂的な社会体制を発明して手に入れた人類社会の進化のプロセスであることから、イノベーションを倫理的な側面から考えるという抽象的な思考の訓練も必要であることを提言しています。
仮にイノベーションの発生の仕組みが分かれば、次はどこからどんなイノベーションが誕生するのかを想像することができ、現実を加速することができるはずです。
「産学官の連携強化」や「イノベーティブな組織づくり」などと謳う前にまずイノベーションの実態や発生の仕組みについて検討することが、イノベーションを創出するための真の近道になるはずです。
イノベーションとは
イノベーションとは、産業革命を契機にして始まった人類社会の新たな進化のプロセスである。
イノベーションはある環境のなかでさまざまな変化が生じ、それが淘汰され、淘汰を生き延びた結果が社会にいきわたることであり、それにより社会全体が大きく変化することである。
一つの科学的な発明やアイデアを中心に、人やモノ、資金、情報、法制度などが一体となってつくる総合的な社会構造の存在こそがイノベーションをもたらすものである。
そのためには、新しいアイデアを受け入れる環境や制度、マインド、社会が醸成させれていなければならない。
イノベーションはあくまでも社会的プロセスであり、多くの参加者とそのトライアンドエラーを保証し、成果を受け入れる社会環境が必要となる。
トライアンドエラーを積み重ねていける環境を整えることが、イノベーションへの唯一の道である。
- ・トライアンドエラーを促すためには、誰もが自由にいろいろなことを試せる環境とそれを認める関係が必要である。
- ・優れたものが生まれたときには、それを正当に評価し、権利を保護し、報酬として還元する制度も重要となる。
- ・一方、仮に失敗したとしても、それを許容範囲に収め、影響を軽微にとどめるリスクマネジメントの仕組みも必要であり、自由な試みを奨励する以上はガバナンス上の配慮も求められる。
科学的なブレークスルーがイノベーションの起点となるが、そこにアップサイドを見ることができるかどうかが、そのブレークスルーをイノベーションへと発展させていけるかどうかの分岐点となる。
『人類とイノベーション』マット・マリー
イノベーションといわれるものの全てが従来イメージされているような一人の天才的な人間の偉業ではない。
同じ考えをもっていた人間は同時代に数多く存在している。
画期的な発明・発見というよりは、すでに分かっていることの組み合わせや応用が源泉である。
厳密に組み立てられた論理から導かれた結果ではなく、ほとんどが偶然の産物である。
あらゆるイノベーションを貫いて進化しても、人類が最終的に守らなければならないものがあるとすればそれは「徳」です。
世紀を超えた繁栄、これから1000年後にも人類が繁栄しているかどうかという長期的なイノベーションの先の価値は、人類が単に短期的な有益性にのみとらわれず、徳を積むことで判断しているかということで試されるのだと思います。
私たちは現在ベンチャーキャピタリストとして活動しています。
本書で述べたようなイノベーションの不確定性原理を踏まえて、科学的ブレイクスルーに基づき学問の活用を図るベンチャー企業を創設し、人類社会の進化と幸福、ならびに持続可能性に貢献する新しい事業と産業を創出するトライアンドエラーを続けたいと考えています。
まとめ(私見)
本書は、物理学とビジネス双方の知見をもつ著者お二人が、イノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか、誕生の仕組みを紐解いた一冊です。
イノベーションとは、単なる発明ではなく、それを社会に浸透させ還元していく長いプロセスであることを詳細に解説していますので、イノベーションの創出、その先の事業創出について考えていくうえで大変参考になります。
特に、本書であげている「今注目すべき科学的ブレイクスルー」はすでに見聞きしたことのあるテーマかもしれませんが、このブレイクスルーをどのようにしてイノベーションに発展していくかを考えていくうえでのヒントとなります。
現在は、技術の視点から応用を仮設している段階であると思いますが、それらの技術を社会に実装しようとする人びとや事業化を試みる投資家や企業が増え、それに伴って社会制度や法制度が整ってくると予想しています。
しかし、イノベーションが起こるのは結果論であり、それが起こる舞台である人間の社会は常に不確定性が取り巻き、何がどのタイミングで採用されるかは予想できないと、本書でも語っています。
そのため、イノベーションに必要なのは、不確定性のもとで行われる多くのトライアンドエラーであり、その担い手とその受け手であるということになります。
社会全体の視点では、トライアンドエラーをする企業が多くなり、その取り組みを受け入れる人びとが増えていけば、イノベーションが起こる可能性は高まります。
一方、企業の視点では、科学的ブレイクスルーを起点に、自社の強みを発揮できる分野で考えられるプランのトライアンドエラーを繰り返し、受け手が増えるのを待つのではなく、市場を創造していく努力が必要となります。
企業がイノベーションを促進していくためには、あらゆるレベルでトライアンドエラーができる環境とそれを認める信頼関係、成果物に対する報奨制度や失敗を許容範囲に収めるリスクマネジメントなどの仕組みを整備していくことが重要となります。
何度もチャレンジし、そのなかで明らかになった課題を解決し、仮説検証を繰り返すといった、柔軟さと俊敏さが必要です。
日本は失敗に対して過度に敏感になる文化が根強いと感じますが、チャレンジを奨励し、それができる環境を整え、失敗をしても再チャレンジできる仕組みなどを整備していく必要があると思います。
日本では、平成28年1月22日に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」において、我が国が目指すべき未来社会の姿として「Society 5.0」を初めて提唱し、以降さまざまな取り組みをしています。
「Society 5.0」は、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と定義しています。
それぞれの社会の変化には、技術の変化を起点とした産業革命があり、今回の第4次産業革命によって新たな社会(Society 5.0)が生まれるというもです。
- ・第1次産業革命 動力の取得(蒸気機関):農耕社会 → 工業社会
- ・第2次産業革命 動力の革新(電力・モーター):工業社会
- ・第3次産業革命 自動化の進展(コンピューター):工業社会 → 情報社会
- ・第4次産業革命 自律的な最適化:情報社会 → 超スマート社会(Society 5.0)
しかし、この「第5期科学技術基本計画」は、グローバルで見ると日本は出遅れている感は否めません。
それは、本書でも指摘している通り「日本版『イノベーション』への疑問」が存在していると思いますし、多くのトライアンドエラーができるよう過度に組み立て過ぎずないようにすべきと感じます。
ところで一般論として、特にデジタルテクノロジーの変化に対しては、個人、企業、公共政策の順で対応し、その対応速度には違いがあると個人的には考えています。
- ・あるテクノロジーが生まれ、急速に変化していく。
- ・個人がその変化を日常生活の一部に取り込む。
個人は、組織が適応するよりも早いスピードでテクノロジーを取り入れる。
- ・テクノロジーを使う個人が増えていくと企業がそれに適応する。
大多数の個人がテクノロジーをどのように使いたいかを考え、それを支えるために企業が適応する。
- ・テクノロジーを利用する個人や組織が増えてくると社会が同意する法制度が整備される。
組織は、法制度の指針を順守しながら、顧客の要求に応えるよう迅速に対応する。
本書では、デジタルだけではなく科学的ブレイクスルー(根本的テーマ)を視野にしていますし、イノベーションを社会全体にまで変えてしまうことを言っていると思いますが、現在のデジタル変革はその過渡期にあると考えています。
そのうえで、特に企業は対象とするテクノロジーの対応段階を適切に把握し、次のトライアンドエラーの方向性や実施タイミングを考えていく必要があると考えています。
イノベーションは出発点となる科学的ブレイクスルーから50年程度をかけ、発見した世代と次の事業化の世代という二世代の連鎖で起こっていると、本書では述べています。
その意味においては、取り組めば短期間で成果が得られるものでもないのかもしれませんが、リスクとリターンを勘案しながら賢く質のいいトライアンドエラーを繰り返し続けることが必要となります。
そのためには、生じるダウンサイドとアップサイドを見極め、両方をマネジメントしながら進むことが必要ですし、それらを可能にする社会や企業の役割も重要となります。
トライアンドエラーを可能にする経済や政治・社会制度、マインド、失敗を許容し再チャレンジを促す文化を醸成していかなければなりません。
日本の社会を変えていくには時間はかかりますが、企業あるいは組織単位であれば変革することはできると思います。
本書はベンチャーキャピタリストの著者お二人によるイノベーションを巡る議論ですが、ベンチャーの方々だけでなくビジネスリーダーの方々にとっても、イノベーションを起こし、事業化していくためにはどうすべきかを考えていくうえでのヒントが込められています。
イノベーションを起こしたり、事業化したりするための具体的な手法やフレームワークは示していませんが、イノベーションとは何か、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか、誕生の仕組みを紐解いていますので、根本的な部分を考えていくうえで参考となる一冊です。
目次
はじめに
第1章 第1章 イノベーションとは何か
―― 単なるアイデアやひらめきではなく、社会に実装され構造化されてはじめてイノベーションになる
第2章 何がイノベーションを可能にするのか
―― 不確定な世界で必要なのは無数のトライアンドエラーである
第3章 イノベーションを事業化させるには
―― 科学的ブレイクスルーに興味をもち、応用して社会に実装するプロセスが必要
第4章 イノベーションの起点になる“ヘリコプターマインド"とは
―― ダウンサイドのリスクにとらわれずアップサイドを追求する
第5章 次世代のイノベーションを探る
―― 科学技術の最前線に目を向ける
第6章 イノベーションを続けるための倫理を学ぶ
―― 倫理的思考力を身に付けて人類の持続可能性を高める
おわりに
参考
Society 5.0
科学技術基本計画 - 科学技術政策 - 内閣府
Society 5.0 - 科学技術政策 - 内閣府
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