書籍 イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学 | 牧 兼充(著)

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イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学

牧 兼充(著)
出版社:東洋経済新報社 (2022/3/25)
Amazon.co.jp:イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学

  • 世界のイノベーターは、こうして「知」を得ている!

    シリコンバレー型だけではない、イノベーションの形

    最先端の32論文から読み解く科学的思考法

関連書籍
 2022年08月12日 名和 高司『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』日経BP (2022/6/16)

本書は、早稲田大学ビジネススクール准教授の著者が、シリコンバレー型にとどまらない先端的なイノベーションや起業の研究について、32本の海外の学術論文(定量論文)を具体的に読み解きながら、そのエッセンスを紹介した一冊です。

「イノベーションの経済学・経営学」に関する研究成果を取り上げ、「科学的思考法」に基づく研究スタイルを紹介していますので、これから知識を学ぼうとしている方々に加え、アカデミックな知見とエビデンスを実務に役立てたいビジネスリーダーの方々にとって、論文の探し方から情報の読み解き方までを学ぶことができます。

本書は13章で構成されており、「科学技術」と「アントレプレナーシップ」という二つの異なる研究の流れを融合し、イノベーションとアントレプレナーシップに関する最先端の知見を提供しています。

特に、第3章からはイノベーションやアントレプレナーに関する論文の議論を展開していますが、第3章から第5章では「誕生」について、第6章と第7章では「集積する現象」について、第8章から第12章では「活動を促進するにはどうしたらよいか」を考えています。

  • ・第1章では、アントレプレナー(アントレプレナーシップ)とイノベーションの意味と重要性を考え、その二つを融合する理由を解説しています。
  • ・第2章では、理論論文と実証論文の違い、相関関係と因果関係の違い、バイアスの排除の仕方、信頼性の評価方法などについて考え、定量論文を読む際に知っておくべきポイントを解説しています。
  • ・第3章では、大企業と小企業のどちらからイノベーションが生まれるのかを考え、企業規模に企業年齢の軸を加えて若い企業の重要性を検討した後、小企業の成長性の見極め方を考えています。
  • ・第4章では、アントレプレナーの誕生に関する研究において中心となっているピアエフェクトとはどのようなものなのか、どんな仕組みで効果を発揮するのか、ピアエフェクトを仕事に活用するにはどうしたらよいのかを考えています。
  • ・第5章では、スターサイエンティストがビジネスにどのような影響を与えているのかを解説した後、日本に存在するのか、ビジネス界とはどのように連携しているのかを考えています。
  • ・第6章では、米国では科学技術の知の集積がなぜ起こるのか、日本でも同様の状況はあるのかを考えた後、集積した科学技術の知はどのように世界に広まっていくのかを考えています。
  • ・第7章では、大企業と小企業の存在が地域の企業やイノベーションにどう影響するかを考え、人材の流動性や人と人とのつながりなど、個人の側面から起業と地域について考えています。
  • ・第8章では、特定の地域においてイノベーションを生み出すためのエコシステムのキーコンポーネントである「大学の役割」「アクセラレーター」「クラウドファンディング」に関する研究を紹介しながら、「アントレプレナーの活動を促進するものは何か」について議論しています。
  • ・第9章では、ベンチャーキャピタル(VC)の仕組みに関する基礎を整理した後、ベンチャー投資の判断基準、エンジェル投資とベンチャーキャピタル投資の関係、AWSの登場で生じたVCビジネスの変化に関する研究を紹介しながら、ベンチャー企業を成功に導くのは「人かアイディアか」という問いを探っています。
  • ・第10章では、サイエンティストが創造力を高めイノベーションを実現するためには、どのような形でインセンティブを提供するのがよいのか、サイエンティストの研究に対する好み(嗜好性)がどのようにインセンティブに影響しているかを考えています。
  • ・第11章では、大学がどのようにイノベーション創出に影響するか、大学における知財と研究者のインセンティブに関する論文を紹介しながら、インセンティブの設計に加え、研究者が商業化に興味を持つきっかけについて考えています。
  • ・第12章では、大学から生まれるベンチャー「大学発ベンチャー」について考え、その成功要因のメカニズムを掘り下げています。
  • ・第13章では、今後の研究に役立つ「論文からの学び方」について、論文の探し方、読み方、検証の仕方、論文作成計画の評価の仕方を解説しています。

本書は、私が早稲田大学ビジネススクール(WBS)で教えてきた「科学技術とアントレプレナー」という授業をベースにして作成したものです。

この授業は、その名のとおり、「科学技術政策」と呼ばれる公共政策の一分野と、新しい産業を生み出す「アントレプレナーシップ」という経営学の一分野を融合して構成されています。

そして、科学技術をベースに、研究者やアントレプレナーが進めていく「イノベーション」も中心的なテーマとして扱います。

具体的には、①科学技術に関する「知」がいかにして生み出されるか、また、②その生み出された「知」から、いかにしてベンチャー企業を含めた新産業が創出されるのかについて、さまざまな角度から考えていきます。

アントレプレナーシップとイノベーション

イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学

『イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学』を参考にしてATY-Japanで作成

アントレプレナーシップ

アントレプレナーは「人」であり、アントレプレナーシップは、アントレプレナーであること、アントレプレナーとしての活動や能力などを指す。

アントレプレナーは、内面的に高いモチベーションがあり、リーダーシップを執るエネルギーを強く持っていて、曖昧さやリスクを許容することができる人、イノベーションを生み出し、事業化できる人全般を指す。

アントレプレナーシップとは、アントレプレナーのマインドセットとして、勇気、リーダーシップ、機会の認識、コミットすること、リスクや不確実性への耐性、クリエイティビティ、卓越性を目指す。

問題を自分で定義して、希少性の高いリソースを集めて活用することによって、その問題を解決していくプロセスである。(新しい価値を生み出すことではあるが、その価値はさまざまな評価指標で測ることができ、お金だけでは狭小な評価しかできない)

アントレプレナーシップが新たな事業や企業を生み出す原動力になり、イノベーションも生まれる。

イノベーション

インベンション(発明)は、新しいアイデアを具現化し、新しい価値を生み出すことであり、製品の場合もあればプロセスのこともあり、単体であることが多い。

イノベーションは、新しいアイデアを活用して、それを実用化することである。

多くのイノベーションは単体ではなく、いろいろなものを組み合わせたコンビネーションであることが多い。

発明家とイノベーターは違う役割を果たすため、一つの製品やサービスでも、発明家とイノベーターが異なるケースは多い。

イノベーションはリスクが高く、実現するのはより難しいものである。

イノベーションは株価に影響するし、社会にも影響を与える。

科学的思考法

科学的思考法とは、因果関係を推論する手法(プロセス)である。

理想的には、科学的な実験を行って因果関係の有無を検証し、それによって、特定の事象に因果関係があるのか、あるいは単に相関関係があるだけなのかを判断する。

因果関係と相関関係を区別するためにはバイアスを排除することが必須で、そのためには実験を設計する。

原因が結果に一方的に影響を与えている場合、これを因果関係という。(相関関係はあるが、影響を与えているという根拠がない限り因果関係があるとはいえない)

因果関係をチェックするためのポイント

まったくの偶然(spurious correlation)

  • ・全然関係がないものでも、偶然に相関関係が生じる。(観測されていないだけで、第3の変数が存在している可能性もある)

第3の変数(the third variable)

  • ・表面上AがBの原因であるかのように見えるが、実はCという第3の変数が存在している。(観測できている)

逆の因果関係(reverse causality)

  • ・Aが原因でBが結果と考えていたが、実がBが原因でAが結果であった。

自然科学では「実験」などの研究手法によりバイアスのない環境を構築することができるが、現実の社会を対象とする社会科学ではバイアスを排除することが難しく、正しい因果関係を見つける妨げになっている。

そのため、まったく同じ条件で、検証したい事実が存在しなかった状況(反事実)との比較ができれば、因果関係が証明できる。

しかし、反事実をつくり出すことは不可能なため、メタアナリシスやランダム化実験、疑似実験などで因果関係を証明する。

実験を行えない場合でも、差の差分析(difference-in-difference)、操作変数法(instrumental variable)、回帰不連続デザイン(regression discontinuiry)、傾向スコアマッチング(propensity score matching)といった、バイアスを排除するための手法もある。

相関関係があったとしても、それが因果関係があることを証明するために最も優れた手法はランダム化を伴った実験である。

ランダム化実験ができない場合は、他のメカニズムが動いている可能性をリスト化し、それが成り立たないことをデータ分析で証明し、他の可能性を一つひとつ潰していく必要がある。

その結果、最終的に残ったのが「AならばB」という因果関係だけであれば、「この関係が正しい」と言うことができる。

論文の信頼度を評価するポイント

統計手法の妥当性(statistical conclusion validity)

  • ・統計手法をきちんと使用しているかを確認する。
  • ・因果関係を証明したい場合は、定性的なデータではなく、定量的なデータがあることが望ましい。

内的妥当性(internal validity)

  • ・AとBの間の因果関係をきちんと照明できているかを確認する。
  • ・ランダム化やいくつかの統計手法などを用いると、内的妥当性は向上する。

構成概念妥当性(construct validity)

  • ・理論で示されている構成概念と実際に観察した変数が一致しているかどうかの厳密性を確認する。

外的妥当性(external validity)

  • ・示されている因果関係が、どのくらいの範囲に適用できるかを確認する。
  • ・内的妥当性と外的妥当性はトレードオフの関係になる。
    内的妥当性を上げようとすれば、説明する概念が狭まりバイアスが発生する可能性が減るが、説明する概念を狭めると、他の事例に当てはめる可能性が下がり、外的妥当性が下がる。

私は日米のビジネススクールで教えていますが、いま日本が競争力を失っている理由の1つには、本書で解説したようなアカデミックな知識と実務をつなげることの欠如があるのではないかと考えています。

知識や思考力さえあれば、数秒考えれば、間違わないような判断をすることができる人が日本には少なくないように思います。

ビジネススクールでの授業や一般的なビジネス書では、最先端の理論がわかりやすく解説されています。

しかし、本当に大事なのは、そうした授業やビジネス書に頼るのではなく、自分で先端的な知識を学ぶ力をつけることではないでしょうか。

そのためには、世界の先端的でアカデミックな論文を自分で読み込む力はとても有益です。

まとめ(私見)

本書は、イノベーションの体系に沿う形でトピック(章)を展開し、科学的思考法を鍛えつつ、イノベーションとアントレプレナーシップに関する最先端の知見を解説した一冊です。

イノベーションとアントレプレナーシップ研究に関する知識を体系的に学ぶことができ、定量分析の論文の読み解きや評価のスキル向上、そして科学的思考法を身に着けることができます。

本書には32本の論文をもとに議論を展開していますが、これらの論文は最先端の研究であり、科学的なエビデンスを伴った確かなものですので、世界の研究者たちの最先端の知を学ぶことができます。

さらに、取り上げている論文はすべて定量的な分析や研究をもとにしていますので、世の中に出回っている統計情報の中から信頼できる情報を見出いしていくのに役立つ科学的思考法を身に着けることができます。

なお、社会科学を専門とする研究者と、ビジネスリーダーやコンサルタントではトレードオフがありますが、両方のスキルを持ち、状況や解決したい課題によってスキルを使い分けられるのが理想的であると思います。

本書は、その両者を意識して詳細に解説していますので、自身の科学的思考法を鍛えていくための第一歩となります。

  • ・研究者およびこれらからビジネススクールなどで学ぼうとしている方々にとっては、因果関係を検証し、分析の厳密性を高める方法を示していますので、自身の研究の妥当性や論文の信頼度を高めるうえで役立ちます。
  • ・ビジネスリーダーやコンサルタントの方々は、論文(研究)そのものよりも次の提案やアクションを重要視する傾向が強いと思いますが、ある事象が起こったときに因果関係を自分の力で読み込み、意思決定の質を高めるのに役立ちます。
  • ・さらに、論文の探し方、読み方、検証の仕方、論文計画の評価の仕方なども整理されていますので、実証研究に取り組もうとしている方々に加え、ビジネスでに応用しようとしている方々にとっても、「論文からの学び方」を会得することができます。

本書では、トピック(章)ごとに英語で書かれた論文を3本取り上げて、その内容とポイントをわかりやすく解説し、その内容をビジネスにどう活かすかを探っています。

例えば、以下のような二つの議論の展開がありますが、それらはビジネスにおいても活かすことができますし、他の章で展開している論文の議論も非常に参考になります。

一つ目はベンチャーキャピタルに関する論文の議論ですが、ベンチャー企業を成功に導くのは「人かアイデアか」という問いは、アカデミックとビジネスとでは多少の乖離を感じるかもしれません。

  • ・ベンチャー投資の判断基準は「人」か「ビジネス」か、どちらを見るべきか
  • ・エンジェル投資とベンチャーキャピタル投資の関係は、補完か代替か
  • ・AWSがベンチャーキャピタルのビジネスを変えたのか

二つ目はインセンティブの設計に関する展開ですが、ここで紹介している嗜好性の分析は、サンエンティストに限らずビジネス現場でのマネジメントにも参考になります。

  • ・研究費の中間評価は、イノベーションにどう影響するか
  • ・成果主義はイノベーションにつながるか
  • ・「科学へのこだわり」は、キャリアによって異なるか

なお、本書で取り上げている実証論文には複雑な数式が含まれていますが、特にアカデミックな研究をしないのであれば読み飛ばして、議論の視点や理論展開を俯瞰していくだけでも勉強になります。

ビジネスリーダーの方々は多忙なうえに、短期間で結果を出さないといけないというプレッシャーがあるため、情報を自分なりに掘り下げることもなく、出された分析結果を信用してしまいます。

さらに、成功体験豊富なビジネスリーダーの方々は、過去の経験や勘に基づいた判断や意思決定をしてしまう傾向が強いと思います。

それを防ぐためにはも、本書で解説しているアカデミックな知識と実務をつなげることが必要となります。

そして、方法論やフレームワークなどを解説したビジネス書に頼るのではなく、自分自身でも「知識を学ぶ力」を養うことが必要です。

本書が対象としている経営やイノベーション創出だけではなく、日々のビジネス活動の領域においても、科学的思考法は重要になってくると考えています。

特に、経済学や経営学といった社会科学の分野、さらにはビジネス現場では、自然科学などのような実験をすることができませんので、可能な限りデータを収集して、その中から因果関係を導き出していくことが必要となります。

なお、近年はデジタル化によってさまざまなデータを収集できるようになってきましたので、収集したデータを適切に分析し、因果関係を明らかにしたうえで最適な対策を講じることが可能になります。

収集・蓄積されたデータを分析し、分析結果に基づいて経営戦略を立てたり企業の方針を決めたりといった意思決定をする「データドリブン(Data Driven)」経営には、本書で解説している科学的思考法が役立ちます。

本書では、アントレプレナーシップやイノベーションに関する定量論文をもとに議論を繰り広げています。

中には、一般に言われている、また想定していた結論を覆すような結果を示したものもあるかもしれません。

本書で掘り下げている結論だけを記憶するのではなく、ある情報からさらに視点を変えて定量的に分析をし、そこから新たな結論を見出していくといった思考やプロセスを学ぶことは重要です。

世の中に出回っている統計情報は多くありますが、その中からどんな情報を信頼して、どんな情報を疑うべきなのか、その判断に役立つ科学的思考法を身に着けていくうえで貴重な一冊です。

目次

はじめに

Chapter 1 アントレプレナーシップとイノベーション

Chapter 2 定量論文の読み方

Chapter 3 イノベーションは誰が担うのか:大企業 vs. 小企業

Chapter 4 アントレプレナーはどこから生まれるのか

Chapter 5 スターサイエンティストはなぜ重要か

Chapter 6 科学技術の知は、なぜ特定の地域に集積するのか

Chapter 7 なぜ起業活動は特定の地域に集積するのか

Chapter 8 アントレプレナーの活動を促進するものは何か

Chapter 9 ベンチャーキャピタルはなぜ重要なのか

Chapter 10 インセンティブは発明とビジネス化にどの程度重要なのか

Chapter 11 大学における知財とインセンティブの関係

Chapter 12 大学発ベンチャーはイノベーションを促進するのか

Chapter 13 論文からの学び方

おわりに

参考

イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学 | 東洋経済STORE

Kanetaka M. Maki, Ph.D.

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