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楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
楠木 建(著)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版 (2024/11/14)
Amazon.co.jp:戦略と経営についての論考
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競争がある中で、なぜある企業は他社を上回る利益を持続的に生み出せているのか
持続的な競争優位の論理を突き詰める
本書は、経営学者であり一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授の著者が、競争がある中で、なぜある企業は他社を上回る利益を持続的に生み出せているのかをまとめた一冊です。
ベストセラー『ストリーとしての競争戦略』の著者が、競争優位の源泉や事例に基づく戦略の考察、経営者との対話を通じた戦略ストーリーをまとめていますので、ビジネスリーダーの方々が自身の経営を考えていくうえで大変参考になります。
本書は3部で構成しており、戦略と経営に関する著者の論考を展開しています。
- ・第1部では、企業の競争優位と競争優位の源泉について考えた論理や、事例に基づく戦略の考察を解説しています。
- ・第2部では、競争戦略についての論考から派生した経営論・経営者論をまとめています。
- ・第3部では、経営者との対話を通じてそれぞれの戦略ストーリーを解説しています。
ある企業が他社と違うことをやって利益を出していたとしても、他社に真似されてしまえば違いはなくなり、利益もまたなくなってしまいます。
にもかかわらず、強い会社は依然として強い。
競争がある中で、なぜある企業は他社を上回る利益を持続的に生み出せているのか。
その背景にある理論はなにか。
競争戦略の分野で仕事をしている僕は、ずっとこの問題を考え続けてきました。
競争戦略
競争戦略の要諦は、業界の中で独自のポジションを確立することにある。
「平和」こそが競争戦略の本質で、「正面から競合しないよう独自のポジションを取る」ことがベースにある。
競合他社がひしめく業界で成功した事業や商品には、ほぼ間違いなく「優れた戦略ストーリー」がある。
戦略で重要なことは競合他社との違いをつくることであるが、一つひとつのアクションは「静止画」に過ぎないため、個別の施策が因果関係でつながる「動画(ストーリー)」になっていることが大切である。
ストーリーとしての競争戦略は、個別の打ち手ではなく、一貫した因果論理でつながっているストーリーの総体にこそ競争優位の源泉がある。
戦略ストーリーは、業務や取引の体系ではなく、論理の体系である。
持続的な競争優位の論理は、模倣障壁ではなく、そもそも競合他社が真似しようという意図をもたないという「動機の不在」にある。
戦略ストーリーに欠かせないのは一貫した論理のつながりであり、「なぜ」を追求することは単独では存在し得ないし、時間軸が必ず入ってくるし、順番も重要である。
利益の源泉の階層
『戦略と経営についての論考』を参考にしてATY-Japanで作成
経営者の使命は長期利益の創出の一点にあり、長期利益はすべてのステークホルダーをつなぐ経営の王道である。
長期利益とは、資本コストを上回る利益である超過利潤を出し続けることであり、企業経営の優劣を測る物差しである。
- ・企業価値だけではなく、顧客満足も結局は長期利益に反映される。
- ・企業の社会貢献の王道は社会的目的のために使うことができる原資を創出することにある。
利益を出して納税することに、企業の社会貢献の本筋がある。
- ・賃上げに関しても根本は同じで、手元がなければ労働分配ができなきない。
稼ぐ力こそが持続的な賃上げを可能にする。
利益の源泉のレベルが上がるほど、経営者の資質と能力がものを言う。
マクロはミクロの集積に過ぎず、経済を駆動する実態は個別企業であり、そのドライバーは経営者である。
企業価値向上の原因は企業の稼ぐ力にあり、それは経営者の高い目標設定と果断な意思決定にかかっている。
- ・目先の小さな損得に流されず、将来に向けた戦略ストーリーを構想し、攻めの投資に踏み切る。
- ・厳選した経営チームで戦略を断行し、その中から次世代の経営者を育成する。
- ・目先の利得という短期視点に流されがちな人びとの目線を、持続的な競争優位という長期視点へ向けさせる。
利益の源泉のレベル1.外部環境
- ・単純に外部環境の追い風が利益をもたらしている状態
- ・外部環境から生み出されては消えていくオポチュニティ(機会)をいかに早く、適切なタイミングで、強い握力で捉えるかが勝負になる。
- ・意図される競争優位は、「先行者優位」や「規模の経済」である。
- ・量的成長を一義的に追求し、空間軸で間口を広く取るポートフォリオ経営である。
利益の源泉のレベル2.事業立地
- ・事業立地そのものから利益がうまれる状態
- ・企業を取り巻く外部環境から企業内部でつくり込む独自価値へとシフトする。
- ・利益が出やすい事業立地を注意深く選び、利益が出にくいような構造にある業界への参入を避ける。
- ・立ち位置(事業領域)を明確に絞り込み、長い時間をかけて顧客価値を練磨した結果としての成長であり、時間軸での事業の深掘りで勝負する。
利益の源泉のレベル3.ポジショニング
- ・構造改革の空中戦から競争戦略の地上戦へとシフトして長期利益を創出している状態
- ・業界の中で独自のポジションを確立する。
- ・模倣するどころか、他社は合理的な意図を持って模倣を回避するという戦略の独自性がある。
利益の源泉のレベル4.戦略ストーリー
- ・首尾一貫した戦略ストーリーが長期利益を生み出しいている状態
- ・一貫した戦略ストーリーをもつ。
競合他社と差別化した独自の顧客価値を創出し、長期利益を稼ぎ、結果として成長を実現する。
- ・競争優位の持続性という点で、模倣障壁という防御の論理よりもさらに強力である。
- ・個別の施策が因果関係でつながる「動画(ストーリー)」になっている。
個別の打ち手ではなく、一貫した因果論理でつながっているストーリーの総体にこそ競争優位の源泉がある。
私の書いた本でいうと、例えば『ストーリーとしての競争戦略』は「戦略はストーリーとしてつくられるべきだ」という理論を示しています。
読者から「当たり前の話ではないか」と言われることがあります。
まったくその通りです。
当たり前のはずのことが、現実に会社の仕事になるとできなくなり、戦略がストーリーでなくてアクションの箇条書きのようになってしまう。
当たり前の大切なことからついつい逸脱してしまうのが現実の経営です。
それを当たり前の姿に引き戻す。
ここに理論の力があります。
まとめ(私見)
本書は、これまで話題になったことや企業について、著者が発信した論考をまとめた一冊です。
著者の鋭い視点から切り込んで理論をわかりやすく解説していますので、ビジネスリーダーの方々が自らの企業や事業の経営を考え、競争優位を築いていくうえで大変参考になります。
本書は、過去に著者がさまざまな媒体で大量に発信した論考を厳選してまとめていますので、著者が考える理論の本質を理解するのに役立ちます。
なお、本書の論考は著者が過去に発信した時点のものですが、解説している戦略や根底にある考えを理解できれば、各社の以降の動向も検証できますし、今後の方向性も仮説できそうです。
そして、その思考を自身の中で繰り返していけば本質的な理論を理解でき、自らも「経営すること」を疑似体験できますし、事業の競争優位を確立する際の指針になります。
なお本書は、難しい理論を展開しているのではなく、多くの人が知っている日本の企業や経営者について、本質的な部分を論考しています。
第1部の戦略論では、経営者の使命や「利益の源泉の階層」に加え、さまざまな競争戦略に関する理論を解説したうえで、アイリスオーヤマやワークマン、PDS、DeNA、クラシコム、くまモンの事例に基づく戦略を鋭く考察しています。
第2部の経営論では、さまざまな「遠近歪曲」の罠、競争戦略の視点から見たESG、アクティビストとの関係について論じ、経営者との対談を通して経営の本質に迫っています。
そして、過去の経営者の肉声の中から、目まぐるしく変化する時勢や時相を貫くための本質について考察し、著者の鋭い切り口から代表的な日本人経営者5名の人物像に迫っています。
第3部の戦略対談では、9名の日本企業経営者との対談を通して、どのような戦略を展開し、経営者がどのように考えているのかなど、各社の戦略ストーリーを紐解いています。
「経営者」は役職やタイトルの問題ではなく、仕事に対する構えの問題であると説いています。
「商売丸ごと動かして稼ぐ」を自分の仕事としている人こそが経営者であり、戦略はあくまでもその事業の経営者がつくるものである。
そのためには、経営者にはセンスとしか言いようのがないものが求められるとしています。
スキルは育てられるがセンスは育てられないし、スキルに長けた担当者は調達できるがセンスには育てる体系的な方法はありません。
しかし、センスは直接育てられないにしても、センス溢れる経営者が育つ土壌はつくることができるとして、組織の中にさまざまな仕組みを埋め込むことの重要性を説いています。
しかしセンスを磨くには時間ががかりますし、置かれている環境や土壌に影響します。
著者のような知見の豊富な方の論考、しかも実例に対する論考を読むことも重要ですし、その論考を実務で応用したり自らも仮説検証したりして、経験を繰り返すことでセンスを磨き上げることができると信じています。
「戦略はストーリーであるべきだ」という著者の持論を随所で提言しています。
競合他社が戦意を喪失するような独自性・差別性ある戦略要素のつなげ方と展開が重要になります。
なお、ストーリーは「何ではない」のかを考える、対概念との対比で「ストーリーとは何か」を鮮明にすることを目的としています。
- ・ストーリーは「アクションリスト」ではない。
戦略として挙げている一つひとつのデシジョンやアクションがどうつながって、どう儲かるのかわからない、静止画の羅列になっている。
- ・「テンプレート」ではない。
フレームワークないしテンプレートのマス目を埋めることが目的となり、戦略全体におけるさまざまなアクションやデシジョンのつながりが隠されてしまう。
- ・「シミュレーション」ではない。
シミュレーションには時間軸があるので若干ストーリーに近い面もあるが、それぞれの数字の背後にある因果関係の論理がほとんど考慮されていない。
- ・「ゲーム」ではない。
自社を取り巻くさまざまなステークホルダーや競争相手に働きかけながら自社にとって「おいしい状況」をつくり出すことがゲーム理論に基づく戦略の考え方であるが、実際の経営者はそのような駆け引きを基盤に経営している人は稀である。
競争戦略という分野は概念・対概念という思考様式を必要とする分野であり、戦略とは「競争相手との違いをつくる」ことであるというのが著者の主張です。
そして違いのつくり方には、物差しで数値化できる「better」という違いと、違いを指し示す物差しがない「different」という違いを切り分けています。
そこで、他社に対して自社の「different」なポジションであるかを決めることこそが、戦略的な意思決定であると提言しています。
戦略的意思決定とは「何をするか」ではなく「何をしないか」という対概念を必要としますし、「良いこと」と異なる「良いこと」のどちらを取るのかという概念と対概念をセットで考えることになります。
しかし、経営者がどちらを取る(選択する)のかは、経営者の「好き嫌い」や「好み」という個人的・主観的な基準に依存するのではないかと思ってしまいます。
著者は、競争戦略の思考様式は「良し悪し」ではなく「好き嫌い」と親和性があると指摘していますが、経営者も人間である限り、いくら公平・公正に意思決定しようと思っても根底には個人的な判断基準が介在していくと思っています。
結局は、「経営者個人の基準」が問われることになりますが、経営者の意思決定は往々にして時間を経て成果が出ます。
前任が意思決定したことがバトンを受けた後任(自分)の時に成果が出る場合もありますし、自らが意思決定したことが自分の時代に成果が現れない場合もあります。
そこには時間を経た持続性が重要となり、持続的な利益を創出し続けていくことの難しさがあります。
経営は「アート」か「サイエンス」かの議論があります。
著者は、「経営は人による」ため本質的には「科学(サイエンス)」ではないというスタンスですが、それに同感です。
今や、デジタル技術の発展で経営指標だけでなく、個々のオペレーションやプロセスの結果もリアルタイムで可視化できるようになりました。
その先には、それらのデータを分類・分析して得られた理論が、日々変わる経営環境の中で役立つのではないかという期待もあります。
しかし、すべての企業が再現可能な法則に基づいて行動するのであれば競争優位は築けませんし、新たな事象に遭遇したときには役に立ちません。
そう考えると、経営は経営者次第となり、その根底には経営者のセンスが重要となります。
経営課題に遭遇したとき、可視化された自社や他社のこれまでの対応を参考にして、自社ならではの意思決定(自分解)をすることが経営者としての責任だと考えます。
本書には、競争優位の源泉や事例に基づく戦略の考察し、経営者との対話を通じた戦略ストーリーをまとめています。
その中には、経営学者としての長年の知見に基づく有用な理論を随所に解説しています。
著者の論考を参考に、自分だったら「どのように考えるか」「どのように決断するか」などと繰り返し考えていけば、その本質的な理論を理解することができますし、自分ならではの理論を見出し、経営センスを磨き上げることができます。
本書は、長期利益を出し続けるための一貫した戦略ストーリー、競争優位を考えていくうえでの指針となる一冊です。
目次
はじめに
第1部 戦略論
すべては経営者次第
競争力の正体は「事業」にあり
「GAFA」にどう向き合うか
日陰の商売 ― 「機会の裏」に商機あり
目指せ「クオリティ企業」
イノベーションは「保守思想」から ― 非連続の中の連続
分母問題
痺れる戦略 ― アイリスオオヤマ
痺れる戦略 ― ワークマン
PDSの競争戦略 ― 持続的競争優位の正体
DeNAのDNAを考える
自由。平和・希望 ― 「北欧、暮らしの道具店」の戦略
「くまモン」の戦略ストーリー
概念と対概念
第2部 経営論
「遠近歪曲」の罠 ― 「日本が悪い」と叫ぶ経営者が悪い
みにくいアヒルの子を白鳥に
競争戦略の視点から見たESG
アクティビストにどう構えるか
経営の本質に迫る(石井光太郎氏との対談)
ベストセラーよりロングセラー
いまそこにあるダイバーシティ
文藝春秋が伝えた経営者の肉声
「商社3.0」はない
「スタートアップ育成」の誤解
代表的日本人 経営者編
「お詫びスキルがひたすら向上する客室乗務員」問題
第3部 経営論
「マッド・ドッグ」の実像(サントリーホールディングス代表取締役社長 新浪剛史氏との対談)
戦国武将型経営者の思考と行動(オープンハウス代表取締役社長 荒井正昭氏との対談)
ストリート・スマートの競争戦略(日本駐車場開発社長 巽一久氏との対談)
合理の非合理、非合理の理(スター・マイカ社長 水永政志氏との対談)
アナログのスピードを極める(玉子屋社長 菅原勇一郎氏との対談)
矛盾を矛盾なく乗り越える(元カカクコム社長 田中実氏との対談)
働く株主(みさき投資社長 中神康議氏との対談)
成婚率ナンバーワンの戦略ストーリー(IBJ社長 石坂茂氏との対談)
循環型社会に挑む「緋牡丹お竜」(石坂産業社長 石坂典子氏との対談)
初出一覧
参考
楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考 | 日経BOOKプラス
はじめに:『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』 | 日経BOOKプラス
楠木 建 | 日経BOOKプラス
楠木建の「EFOビジネスレビュー」 - Executive Foresight Online:日立
-
楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記
楠木 建(著)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版 (2024/11/14)
Amazon.co.jp:仕事と生活についての雑記 -
ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件
楠木 建(著)
出版社:東洋経済新報社 (2010/4/23)
Amazon.co.jp:ストーリーとしての競争戦略
関係する書籍(当サイト)
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伊丹 敬之(著)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版 (2023/5/18)
Amazon.co.jp:経営学とはなにか -
イノベーションの競争戦略
優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?内田 和成(著、編集)
出版社:東洋経済新報社 (2022/4/8)
Amazon.co.jp:イノベーションの競争戦略 -
ビジョナリー・カンパニーZERO
ゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になるジム・コリンズ (著)、ビル・ラジアー (著)、土方 奈美 (翻訳)
出版社:日経BP (2021/8/19)
Amazon.co.jp:ビジョナリー・カンパニーZERO
楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
-
楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
楠木 建(著)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版 (2024/11/14)
Amazon.co.jp:戦略と経営についての論考
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