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『Beyond MaaS』日経BP(2020年)を参考にしてATY-Japanで作成
『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 ―移動と都市の未来―』(日経BP、2020年)は、国内外の最新事例の分析や交通・都市計画、地域活性化や政策、公共交通やテクノロジー・ビジネス戦略、自動車やモビリティサービスなどの観点から論じています。
本書では、「Deep MaaS」と「Beyond MaaS」という、単なるMaaSとは一線を画す二つのコンセプトについて解説しており、いずれもビジネスモデルを構築する際に有効な示唆が得られ、MaaSが持つ本来の価値を見出すための視点となります。
そこで、ここでは本書をもとに、MaaSの定義と基本機能を再整理するとともに、「MaaSビジネスの3つの要点」と「既存の交通業界の成長戦略」について整理します。
なお本書の後半では、「Beyond MaaS」を中心に、住宅・不動産からエネルギー、小売り、医療・ヘルスケア、フィンテック・金融、広告・プロモーションに至るまでの全15業種について深堀しています。
世界的な取り組み事例や専門家のインタビューを紹介しながら、MaaSと異業種とが連携することによる双方の収益化のポイントが15業種それぞれに明らかになっていますので、一読をお勧めします。
MaaSの定義と基本機能、生み出す価値
MaaSの定義と基本機能
『Beyond MaaS』日経BP(2020年)を参考にしてATY-Japanで作成
MaaSの5段階レベルは、Chalmers University Technology(チャルマース工科大学)のJana Sochor氏らによって定義されています。
- ・レベル0
それぞれの事業者が個別に行うモビリティサービスであり、既存の公共交通やカーシェアリングなどが該当
- ・レベル1
事業者の情報を統合して提供するサービスで、既存の経路検索サービスなどが該当
- ・レベル2
単に経路検索ができるだけではなく、複数のモビリティサービスの予約や決済も可能な統合プラットフォーム
- ・レベル3
予約や決済ができるだけではなく、月額サブスクリプションといった専用の料金体系を持つなどのシームレスなモビリティサービス
- ・レベル4
さらに、政策との融合、官民連携を進めた状態
「MaaSコントローラー」の基本機能
レベル4の政策目標や社会課題解決に向けては、ユーザー向けMaaSアプリ機能だけではなく、事業者や自治体向けのデータ可視化や分析、制御機能があるとより達成しやすい。
これらを担うのが「MaaSコントローラー」であり、その機能はモビリティとユーザーの行動を、それぞれデータに基づいて調整していくものである。
MaaSアプリを提供するだけではなく、その裏側にデータ分析と、それを活用したアクション機能を盛り込むことでユーザーとモビリティの関係を改善し、ユーザーの利便性をさらに向上することになる。
- ・データ収集、分析・予測機能
モビリティ系のデータとユーザーのデータを統合的に収集し、必要な分析を行う機能
- ・モビリティ連携機能
分析・予測機能でシミュレーションができるようになることで、モビリティ事業者側に最適なアクションを促進する機能
ユーザーの移動データから事業者にメリットを生む需給調整機能をMaaSオペレーターが持つことにより、MaaSで連携するモビリティサービス事業者の経済的なメリットを創出する機能
- ・MaaSアプリ(ユーザー)連携機能
ユーザーに対する制御機能で、モビリティ事業者側の制約で供給調整ができない場合などに、ユーザーへの経路変更提案や協力に対するインセンティブ付与などを行う機能
MaaSの導入価値
利用者のメリット
- ・検索・予約・決済機能などの統合により、各交通手段の利用が容易になる。
- ・都市部では移動手段の最適化により混雑の緩和が図られ、有効に活用できる時間が増える。
- ・地方部では移動手段の最適化により、より少ないコストで交通手段が維持される。
交通事業者のメリット
- ・運営効率が向上することで、運賃収入などの増加につながる期待がある。
- ・データの蓄積・分析により、利用者に精度・効用の高い行動提案が可能になる。
都市・周辺事業者のメリット
- ・収集した人流・交通データの活用・連携ができれば、スマートシティの推進につながる。
- ・データの活用により、買い物・住宅・保険など周辺領域でも利便性の高いサービスが提供できる。
MaaSビジネスの要点
『Beyond MaaS』日経BP(2020年)を参考にしてATY-Japanで作成
MaaSの基本構築領域
情報提供、予約決済機能などを備えたMaaSアプリの提供
Deep MaaS領域
交通分野の経営改善への貢献、都市・地域交通の最適化、先端技術や新しいビジネススキームの導入
Beyond MaaS領域
交通と異業種との連携、スマートシティ
Deep MaaSによる深化については、基本的に交通事業者に近いプレーヤーの領域であるが、Beyond MaaSはMaaSの基本機能ができ上っていれば、新規のスタートアップや他業種のプレーヤーにも参入のチャンスが大きい。
Deep MaaSとBeyond MaaSが合わさって社会実装されると、鉄道は鉄道、バスはバス、タクシーはタクシーというこれまでの分断状態ではなく、民間と行政、社会インフラに関係するあらゆる組織とシステムが理想的に連携する状態となる。
社会課題を解決して時代の変化にそぐわない形態や事業を新しい産業に生まれ変わらせていくこと、スマートシティとは何かという一つの理念と具体的なアクションの一翼を担うことは、モビリティ産業に課せられた使命であり、大きなビジネスチャンスでもある。
Deep MaaS領域
交通事業者の収益性をそのままに、MaaSオペレーターの様々なビジネスアイデアや、あらゆるモビリティサービスを扱い広く第三者と連携することでイノベーティブなビジネスモデルが創出できる。
Deep MaaS領域においては、技術やビジネスモデルをMaaSオペレーターが使いこなすことで、単一の事業者だけでは成し得ない、移動におけるより深いユーザーメリットを実現することが可能となる。
Deep MaaSには、ユーザーメリットの追求で満足度が上がり、移動量が増える可能性に合わせて、それらを担うモビリティサービス事業者側にも経営的なメリットを生む方向性がある。
Deep MaaS実現までには、技術開発段階においても広く事業者間で連携して進めることが重要で、時間・コスト・人材、実現に向けたモチベーションが必要となり、ステークホルダー間の信頼関係を醸成・発展させていくことが求められる。
また、データ収集に当たっては、ユーザーの移動行動やモビリティの移動実績などを同じデータプラットフォームに載せ、過度にコストをかけずに維持・運用ができるようにする必要がある。
Deep MaaSの特徴
- ・先端技術や工夫された革新的なビジネススキームを開発している。
- ・研究開発やインフラ整備など、基盤整備を実施している。
- ・実現までに一定の時間がかかる。
- ・成功した場合のインパクトが大きい。
ユーザーメリットの追求
- ・より安全に快適に、より早く、より安く移動したいといったユーザーの要望に対して、普通の経営努力や事業開発ではなかなか実現できないことを、MaaSの仕組みを用いてテクノロジーや革新的なビジネススキームで解決できる。
- ・サブスクモデルをユーザーカテゴリーや就労条件などに合わせてカスタマイズすることで、ユーザーメリットを追求しながら事業としても成立させられる。
- ・遅延や乗り換え情報をリアルに提供するなど、マルチモーダルかつあらゆるモビリティサービスと連携するMaaSオペレーターだからこそ生み出せるサービスもある。
モビリティサービス事業者メリットの追求
- ・ユーザーマッチング
ユーザーの位置情報や予定経路の情報を統合して、相乗りや乗り合いの状態を作り出するこで収益性を高めることができる。
- ・「遊休資産」の活用
空席車両への時間変更によるユーザー満足度の向上、使われていない車両の活用促進により、資産保有者の収益向上を図ることができる。
- ・モビリティとユーザーの関係性最適化
ユーザーとの接点を持つことを生かして、移動の需給バランスを最適化することが可能になる。
Beyond MaaS領域
- ・移動という行為は場所の性質の違いによって発生するため、場所という問題でいえば不動産業界や小売り業界などが影響を受ける。
- ・シームレスなサービスを行う上ではリスクを事業者間でどのように負担するかが問題となり、保険業界の新たな事業展開や、MaaS専用の保険商品が求められる。
- ・決済や融資においては、サービス単位、MaaSオペレーター経由の支払い・課金となることから、プレーヤーはそのスキーム変化への対応が求められる。
- ・人の移動の最適化やサービスとの連携に伴い、モノの移動もセットに扱える。
- ・MaaSの仕組みで、より便利性高く働き方改革を推進していくことが可能となる。
- ・医療・介護分野においても、病院予約とオンデマンド交通による送迎サービス、診察を受ける人の到着情報に基づいた医師の稼働時間も柔軟に調整できる。
- ・地域交通やまちづくり視点においても、行政課題として、これまで以上に官民で連携して事業性と社会課題解決を両立するような取り組みが期待される。
既存交通プレーヤーの活路
MaaS時代においては、公共交通機関の関係性は「競争」から「共創」へ変化していく。
良い意味での緊張感のある状況で、共創関係をどのように構築するか、エコシステムをどのように構築するかがポイントになる。
そのためには、自社サービスのみの視点だけではなく、MaaS時代を想定した、交通全体を仮想的に一つの事業体とみなした際の事業計画を構築できるかが勝負となる。
既存のパイの取り合いを心配するよりも、連携による収益性向上策を検討することや、レベニューシェアの方法を模索していくことが必要になる。
リモート会議システムの充実などで移動をしないで目的達成できる場合も出てくる中で、移動中の体験価値をもう一段引き上げるサービス改善の努力が必須となるとともに、「移動の目的」をつくり出すことや、目的となる産業との積極的なコラボレーションを進めることも必要である。
各交通事業者が自社の利益に固執することなく、ユーザー視点・都市視点で最適化する方策を模索することで、公共交通ひいてはモビリティサービス全体で大きな発展が見込まれる。
これまで人々の移動を支え続けてきた公共交通機関の次なる「競争と共創関係の再定義」こそが、MaaS時代の一つのイノベーションとなる。
既存交通プレーヤーの役割・課題・アクションプラン
『Beyond MaaS』日経BP(2020年)を参考にしてATY-Japanで作成
参考
『A topological approach to Mobility as a Service(PDF)』Jana Sochor、2017-11-29
クルマや鉄道・交通業界に地殻変動 モビリティ革命「MaaS」の真相 | 日経クロストレンド
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関係する書籍
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Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命
―移動と都市の未来―日高 洋祐、牧村 和彦、井上 岳一、井上 佳三(著)
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