書籍 世界最高峰の経営教室/広野彩子(著)

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世界最高峰の経営教室
17 Lessons in Management from the World's Leading Business Professors

広野彩子(著)
出版社:日経BP (2020/10/15)

Amazon.co.jp:世界最高峰の経営教室

  • 世界をリードする"知の巨人"たちが語る最新の経営論

    ポーター、コトラー、ミンツバーク・・・

    世界に唯一無二の1冊。注目理論の提唱者は
    今、何を考えるのか?

関連書籍
 2023年07月10日 伊丹 敬之『経営学とはなにか』日経BP 日本経済新聞出版 (2023/5/18)

本書は、経済ジャーナリストでもある日経ビジネス副編集長の著者が、経営学や経済学の世界トップクラスの研究者に、最新の知見を取材した成果をまとめた一冊です。

研究分野の大御所から気鋭の実力者に至る17名の研究者へのインタビューを通して、経営、経済、テクノロジーなどに関する最先端の論考が整理されていますので、各分野の研究者に限らず、ビジネスリーダーの方々にとって、理論を俯瞰するうえで役立ちます。

本書は7章17講で構成されており、各テーマにおける最新の知見を交えて語っています。

第1章では、経営戦略論の泰斗ともいわれるマイケル・ポーター教授の特別講義で、興味深いテーマで実践的な視点を提示しています。

  • ・第1講 マイケル・ポーター教授:「今、マネジメント層に伝えたいこと」は、「CEOの時間の近い方」「CEOはスリーたれ」

第2章では、変わりやすく不安定(volatility)、不確実(uncertainty)、複雑(complexity)、曖昧(ambiguity)な時代の中で、いかに変化に対応してイノベーションを起こしていくかのメッセージに加え、フィリップ・コトラー教授の最新マーケティング論を収録しています。

  • ・第2講 デビット・ティース教授:最新の「ダイナミック・ケーパビリティ論」
  • ・第3講 チャールズ・オライリー教授:イノベーションに不可欠な「両利きの経営」
  • ・第4講 ヘンリー・チェズブロウ教授:日本企業が成功するための「オープンイノベーション」
  • ・第5講 フィリップ・コトラー教授:顧客とのリレーションシップを再考した新戦略への移行に向けた「ニューノーマルのマーケティング論」

第3章では、米国を中心とする株主第一主義の行き詰まりが鮮明となってきた現代において、CSR(企業の社会的責任)、CSV(共有価値の創造)、ESG(環境・社会・統治)など、新たなコンセプト「社会的インパクト投資」を示しています。

  • ・第6講 ジャズジット・シン教授:ESG投資をはじめとした「社会的インパクト投資」
  • ・第7講 ロバート・ポーゼン教授:株主中心の資本主義から変更した「ステークフォルダー理論」
  • ・第8講 コリン・メイヤー教授:利益を出しながら社会問題を解決していく「パーパス経営」

第4章では、イノベーションを起きすことが企業の生き残りの条件となり、稼ぎながら社会課題を解決するビジネスモデルを模索しなければならない時代に、多様な意見、多様な人材の強みと弱みを生かすなど、変化する理想のリーダーシップを示しています。

  • ・第9講 ナラヤン・パント教授:ストイックかつ東洋的な色彩が強い「セルフコントロールを重視したリーダー論」

第5章では、経営学と経済学とは密接な関係があることから、経済学の視点を取り入れた最新の経営論を示しています。

  • ・第10講 スコット・コミナーズ教授:ミクロ経済学で発展したマーケットデザインを取り入れた「起業マネジメント」
  • ・第11講 デビット・ヨフィ―教授:ネットワーク効果の進展からの「プラットフォーマーの強さと落とし穴」

第6章では、ポーター教授も日本の弱みとして指摘したデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅さ、世界から周回遅れで取り残されそうなAI(人工知能)の活用について論考しています。

  • ・第12講 マイケル・ウェイド教授:日本式マーケティングが稼げない理由、日本企業がDXを進めるための手がかり
  • ・第13講 マイケル・オズボーン教授:AI時代に路頭に迷わないよう人々が身に着けるべき「スキル(AIに勝つための仕事選び)」
  • ・第14講 スーザン・エイミー教授:オークション理論から、IT企業の競争力の源泉となっている「AIとアルゴリズムの進化論」

第7章では、グローバル経済における日本の立ち位置と課題を確認し、未来に向けた提言を展開しています。

  • ・第15講 マイケル・クスマノ教授:従来の単純なものづくりから脱却するための「イノベーション力」
  • ・第16講 ドミニク・テュルパン教授:マーケティング4.0(デジタルマーケティング)時代に必要な発想、アジャイル経営のための「謙虚なリーダー」
  • ・第17講 ヘンリー・ミンツバーク教授:単純な経営のあり方だけではなく国家のあり方にまでメスを入れた「バランスの取れた社会」

結果として、最先端の有力な理論あり、実践論あり、ケースあり、時事的な話題ありと盛りだくさんのラインアップになった。

「企業経営」を論じる本ではあるが、「経営理論」の解説書ではない。

学術入門書のようでもあり、使い方次第では実用書でもある。

あるいは、自身の生き方について気づきを得る学びの書にもなり得る。

読む人によっていかようにも活用できる。

イノベーション理論の最前線

ダイナミック・ケーパビリティ

デビット・ティース
米カルフォルニア大学バークレー校経営大学院教授

企業や経営者が、現状のまま利益を最大化しようとするのではなく、変化に応じて自己変革し、付加価値を創る力(=組織イノベーションを起こす力)

俊敏に変化に対応するダイナミック・ケーパビリティが高い組織は、「分権化」と「自己組織化」が自然に進む。

ダイナミック・ケーパビリティが「物事に正しく取り組む」能力であるのに対し、オーディナリー・ケーパビリティは「物事を正確にやり遂げる」能力を指し、両者は「トレードオフ」の関係にある。

ダイナミック・ケーパビリティのプロセス

  • ・センシング(sensing):事業機会や脅威を「察知」する。
  • ・シージング(seizing):察知した事業機会や脅威に対応するために、人材などのリソースを動かし、競争優位を「獲得」する。
  • ・トランスフォーミング(transforming):競争優位を得た後も、リソースを活用する手法を、日々改善し、戦略を「変容」させる。

これからの日本人は、意識的に多様性を受け入れ、他の人間や発想が違う過激な人を受け容れるべきである。

周囲とは違う発想で現状打破を試みる人間に対して、心地よい場所を与える。

不確実な環境で成功するリーダーシップの原則を守り、一匹狼を許容し支える空気が生まれれば、組織はダイナミック・ケーパビリティを高めることができる。

  • ・予測、挑戦:センシング
  • ・解釈、意志決定:シージング
  • ・調整、学習:トランスフォーミング
両利きの経営

チャールズ・オライリー
米スタンフォード大学経営大学院教授

過去に会社を成功に導いた既存事業で収益を獲得しながら、全く新しい事業分野を開拓し、そこから収益を得られるように会社を変容させていく経営のことである。

既存事業と新規事業という別々の事業活動であっても、同じ企業内で運用し、双方の強みを双方で使うことが大切である。

成功体験のある従業員らがこれまで慣れ親しんだやり方からなかなか抜け出せないことを「サクセストラップ」というが、このサクセストラップに陥らないように、カルチャーを変えることができれば、両利きの経営で戦える。

両利きの経営ができる力(遺伝子)のある企業が生き残り、そのためには組織カルチャーを進化させるしかない。

事業の成功に必要な4つのアイテムの組み合わせをアライメントといい、戦略に合った組み合わせを認識する。

  • ・ハードウェア:会社固有の制度、重要成功要因(KSF)
  • ・ソフトウェア:カルチャー、人材

両利きの経営は、生き残るために同時並行で実践することであり、4つの場所をそれぞれに最適な組み合わせ(アライメント)が違う。

イノベーションストリーム

  • ・累進:一つの技術を磨いていく段階で、進化ではあるが本格的なイノベーションではない。
  • ・建設:既存技術を従来とは違った使い方で活用する。(使うのは既存技術であるが、使い方を変えることでイノベーションを生む)
  • ・激変

事業創造におけるイノベーション

  • ・アイディエーション(着想):アイデアを考え出すことであり、新しいアイデアを開発するには何が必要なのかを練り上げる。
  • ・インキュベーション(着想):アイデアが市場で受け入れられるかどうかを検証する。
  • ・スケーリング(規模拡大):通常の事業展開のことである。
オープンイノベーション

ヘンリー・チェスブロウ
米カルフォルニア大学バークレー校経営大学院特任教授

ナンバーワン企業が指数関数的に成長する一方、それ以外の企業は遅れをとる現象を「指数関数のパラドックス」と呼び、その格差は今後ますます拡大する。

大企業は既に稼ぎ頭の既存事業を抱えており、その状況で新規の収益事業を育てるのは容易ではなく、特に育成のめどが付いた新規事業の種を本格的にビジネスに移行させる段階が難しい。

既存事業と新規事業との意識が違いすぎるため、既存事業は新規事業への協力が消極的になり、イノベーションの「死の谷」になり得る。

オープンイノベーションの成功原則

  • ・相手を無理に監視したり、過剰に管理したりせずに、信頼関係を築く。
  • ・多くの場合、複数の企業と協働するが、全社を公平に扱い、全社にとって使いやすく、メリットがあるものにする。
  • ・適切なパートナーを選ぶ。
  • ・特に大企業の場合は、意志決定を素早くする。
  • ・社内の既存部門と折り合いをつけて、事業化を進める。

乗り切るべきオープンイノベーションの3局面

  • ・イノベーション創成
  • ・イノベーション吸収
  • ・イノベーション拡散

研究者のマッピング(マトリクス)

研究者のマッピング

『世界最高峰の経営教室』日経BP(2020)を参考にしてATY-Japanで作成

取材を通して痛感したのは、思考停止して変化を拒んで受け入れず、変わらないでいることの方が、後々、はるかに辛い、ということである。

変革のための理論を切り拓いた「ダイナミック・ケーパビリティ」にしても、「両利きの経営」にしても、現状を外的な力で劇的に変えるものではない。

変化を感じ取りつつ、小さな取り組みから始め、全体としては巧みに大きく変わっていくためのプロセスをテーマにしている。

人の行動に、元に戻ろうとする慣性がいかほど働くものかを示しているようだ。

なかなか変われないのは、日本企業に限った話ではない。

いずれの理論も、その慣性の力に、少しずつでも根気強く抗い、時代の変化に沿う形にずらしていこう、という組織変革の実践的なアプローチであると筆者は理解している。

変化に合わせて少しずつでも変わらなければ、ある日突然の嵐にさらされるリスクがあることは、新型コロナウィルスの感染拡大により、多くの人が実感されたところだと思う。

まとめ(私見)

本書は、著者がビジネス誌「日経ビジネス」で、2019年3月から掲載してきた欧米トップクラスの経営学者らへのインタビューをもとに、大幅に加筆・修正を加えてまとめた一冊です。

理論や実践論及びケースに注目しているのではなく、現在の日本企業経営における課題となっているテーマについて、その分野の第一人者に最新の知見を聞いているのが特徴です。

著者は、ブリストン大学大学院で公共政策の修士号を取得しており、本書のほとんどが著者自らのインタビューであり、インタビューの切り口や表現(翻訳)など、アカデミックな内容を非常にわかりやすくまとめています。

ここまで最高峰かつ最先端の論考を、研究領域の垣根を越えてまとめられたのは、経営学者や経済学者と広範囲に付き合ってきた著者以外には実現できなかったと思います。

特に本書では、イノベーションや経営及びリーダーに関するテーマに加え、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIなど、日本が遅れをとっているテーマに対して、その分野の第一人者の提言が示されています。

その意味においては、第一人者のアカデミックな理論を俯瞰しただけではなく、日本の現状に対する提言が随所にまとめられていますので、理論を整理しながら対策に向けた戦略を立案していくうえで大変参考になる一冊です。

なお、本書にある理論をさらに理解したい方は、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)を合わせて読むと効果的です。

『世界標準の経営理論』は、世界の主要な経営理論30を網羅して詳細に解説していますし、著者の早稲田大学大学院・ビジネススクールの入山教授は本書に解説されていますので、経営理論の理解を深めるのに役立ちます。

目次

【解説】本書を読むにあたってのガイダンス

はじめに

第1章 経営者は、いかにあるべきか

 第1講 [特別講義]ポーター教授のCEO論
     CEOはトップアスリートたれ

第2章 イノベーション理論の最前線

 第2講 ダイナミック・ケイパビリティ
     変化対応力を高める「分権化」と「自己組織化」
 第3講 両利きの経営
     イノベーションのジレンマを乗り越える組織行動論
 第4講 オープンイノベーション
     実例から読み解くオープンイノベーションの課題と解決策
 第5講 [特別講義]コトラー教授から、ニューノーマルのマーケティング論
     顧客とのリレーションシップを再考し、新しい戦略へ移行せよ

第3章 経営の目的とは何か

 第6講 社会的インパクト投資
     寄付も植林もESGではない
 第7講 ステークホルダー理論
     米国企業は株主第一主義を捨てるのか?
 第8講 パーパス経営
     企業の目的とは、社会的課題を解決しながら稼ぐこと

第4章 リーダーは、いかにあるべきか

 第9講 リーダーシップの経営心理学
     リーダーシップは自己管理、「顔に出さない怒り」も失格

第5章 経済学の視点からアプローチする経営論

 第10講 マーケットデザインで読み解く起業マネジメント
     「市場の失敗」がお金を生む
 第11講 ネットワーク効果で読み解くプラットフォーマー
     GAFAの「勝者総取り」は真実か?

第6章 DXとAI

 第12講 デジタルトランスフォーメーション(DX)
     日本式マーケティングが稼げない理由
 第13講 AIと雇用の未来
     AIは人間から仕事を奪うのか?
 第14講 AIとアルゴリズムの進化論
     情報格差をAIが解消、明るい未来は描ける

第7章 日本型経営の課題と可能性

 第15講 日本のイノベーション力
     アジアに広がるMITモデル
 第16講 デジタルマーケティング
     アジャイルな経営は、「謙虚なリーダー」を求める
 第17講 [特別講義]ミンツバーグ教授の資本主義論
     資本主義が勝ったのではない、バランスが勝利した

おわりに

索引

参考

世界最高峰の経営教室|日経BPブックナビ【公式サイト】

入山章栄、世界トップの経済・経営学者17人を一気に紹介:日経ビジネス電子版

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