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ストラテジック・イノベーション 戦略的イノベーターに捧げる10の提言
ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル(著)
三谷 宏治(監修)、酒井 泰介(翻訳)
出版社:翔泳社(2013/8/6)
Amazon.co.jp:ストラテジック・イノベーション
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新たなビジネスモデルを探り、爆発的な成長へと導く10のルールを提言
同じ企業の中で新旧の事業が共存する際の課題である「忘却」「信用」「学習」を解決し、既存事業のDNAを活かしながら先例のない事業の実現性を試す
本書は、ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス、アールC・ドーム1924教授のビジャイ・ゴビンダラジャン氏と、同ビジネススクールで教鞭をとるクリス・トリンブル氏が、「大企業が、どうすればイノベーションを生み出すことができるか」を説いた一冊です。
これまでの共著には、『イノベーションを実行する―挑戦的アイデアを実現するマネジメント』(NTT出版、2012年)や『リバース・イノベーション』(ダイヤモンド社、2012年)などがありますが、2005年に本書で初めて明らかにした中核的原則を基盤に発展されたものです。
大企業のトップや新たな分野への進出を任されているリーダーの方々に限らず、イノベーションに興味ある方々にとって、大企業のイノベーションという視点からの提言は非常に参考になります。
イノベーションといえば、ベンチャー企業などが新たな商品やサービスを展開して、新たな市場を創造することと一般的に解釈されていますが、本書の特徴は以下にあります。
- ・本書では、イノベーションを大企業で実現することに視点を置いている点、
- ・さらに「戦略的イノベーション」を定義して、他のイノベーションと区別している点
国内企業においても、かつては「社内ベンチャー制度」と称して取り組んできた経緯もありますが、成功には苦労しているという印象を持っています。
そこで本書では、主に欧米の大企業10社のイノベーション成功や失敗事例を調査し、大企業がイノベーションを生み出す際の課題を明らかにして、「戦略的イノベーションに向けたルール」を10項目提言しています。
特に、同じ企業の中で新旧の事業が共存する際の課題として「忘却」「信用」「学習」をあげ、組織的DNAが3つの課題にどのような影響を及ぼしているかを詳細に分析し、解決策を具体的に示しています。
そして、組織的DNAを管理するために、「スタッフ」「組織構造」「システム」「組織文化」のカテゴリーに分類して掘り下げています。
なお本書では、「コアコ」と「ニューコ」いう言葉が度々出てきますので、以下に整理しています。
コアコ(CoreCo) | ニューコ(NewCo) | |
---|---|---|
綿密に関連する 既存の事業部門 | 新規事業部門 | |
スタッフ | 業務に精通した人材 | クリエーター インスパイアラー |
組織構造 | 階層構造 | フラット |
システム | 固定給色強く、 説明責任重視 |
柔軟な報酬体系、 学習能力重視 |
組織文化 | リスクを避ける | リスクを受け入れる |
イノベーションの種類
イノベーションには主に以下の4種類があり、それぞれ全く違う経営アプローチを必要とすると整理しています。
「費用の規模」「所要時間」「結果のあいまいさ」に違いがあり、それらは統率者や関係者の選定、資源配分、進捗把握、中止判断などに影響を及ぼしています。
継続的プロセス改善
仕事のやり方に少しずつ細やかな改良を積み重ねていくこと
- ・費用:最小、所要時間:最短、結果:最も明確
- ・例:GEのシックスシグマ
プロセス革新
プロセス改革も既存の事業プロセスを改革するものであるが、画期的な技術の導入によって、飛躍的な生産性向上を伴う点が違う。
- ・例:ウォルマートの無線チップを使って商品の単品管理や履歴管理をする「スマートタグ」
製品やサービスのイノベーション
ビジネスモデルはこれまで通りであるが、創造的な新しいアイデアであるもの。
- ・例:玩具やゲーム機メーカーなど
戦略的イノベーション:本書のテーマ
事業プロセスや製品のイノベーションを伴う場合も、そうでない場合もあるが、新しいビジネスモデルは必ず伴う。
戦略に革新性があれば、たとえ商品やサービスが従来と大きく違わなくても成功することはできる。
戦略的イノベーションによって、企業は変化の最前線に躍り出ることができ、自らそれをつくり出すこともできる。
新たなビジネスモデルをつくり出し、育み、その恵みを得ることができる。
- ・費用:最大、所要時間:最長、結果:最もあいまい
- ・例:イケア、サウスウェストなど
経営者の大きな勘違い
経営者たちは、画期的な新規事業(戦略的イノベーション)について、大きな勘違いをしていると、著者たちは断言しています。
それらは、既存の市場や事業で培ってきた思考・行動パターンであり、新規事業には適用できなとしています。
- ・新規事業の立ち上げには、「アイデア」と「良きリーダー」だけで十分だと思い込んでる。
=リーダーに任せきりは、「借用」を阻害
- ・「強みを活かせ」と、新規事業を既存事業組織にぶら下げたり、既存事業との連携や「シナジー」を求めたりしている。
=無謀なシナジー追求は、「忘却」を阻害
- ・新規事業分野でも、野心的で固定的な「長期計画」や「数値目標」を求めている。
=固定的な長期計画は、「学習」を阻害
- ・メンバーに「危機的だ」とか「大成功だ」と言って、鼓舞しようとしている。
新旧の事業が共存する際の課題
ニューコは、コアコが成功させた点のいくつかを忘れなければならない。
ニューコが失敗するのは、コアコを成功に導いた習慣を身に着けてしまうからである。
コアコの資産のいくらかを借用しなければならない。
これが、ニューコがベンチャー企業に対して持つ最大の強み。
不確実な新興市場で成功する方法を学ばなければならない。
大企業で新規事業を育てる方法
大企業で新規事業を育てるには、「忘却(Forget)」「借用(Borrow)」「学習(learn)」の3つの課題に挑戦し続けることである。
- ・これまでの成功パターン、常識や経験を捨てる。
- ・大企業の強みを活かし、かつその新規事業の独自性を保つために、シナジー追求は1~2個の事業に限定する。
既存事業の力を「借用」する場合には、リーダー任せではなく経営者自らも調整する。
また、特に人事や経理などの機能は、既存事業とシェアすべきではない。
- ・積極的で柔軟な思考錯誤をし続ける。
試行錯誤を奨励し、目標も柔軟に変えていく。
忘却の課題
コアコは自社事業についてよく理解し、成功する方法も持っている。
ニューコはそれらにとらわれず、自らの方法を見出さなければならない。
コアコの事業定義を忘れる。
ニューコは自由に新しい考え方を追求しなければならない。
既成概念を忘れる。
ビジネスモデルが違えば、競争力も違う。
戦略的な試みは、偉大なリーダーだけでは成功できない。
- ・忘却、借用、学習の課題を全てこなせる人間はいない。
- ・こうした課題は、組織学習の論理に深く根ざしている。
借用の課題
ベンチャー企業が既存の企業に勝てるのは、小回りの良さや大企業の官僚的な意思決定から解放されており、必要によりベンチャーキャピタルから資金提供があるからである。
ニューコがベンチャー企業と競争していくためには、コアコの資産を借用することが有効である。
- ・既存の顧客、流通チャネル、供給網、ブランド、製造能力など
- ・これらは、ベンチャー企業にはないものである。
借用の課題解決のステップ
- ・第1.ニューコとコアコの間の正しい接点を選ぶ。
- ・第2.借用のための協調的な環境を整える。
- ・第3.健全で建設的な緊張関係を保つ関わり合いをモニターする。
学習の課題
コアコの成功方程式は立証済みであるが、ニューコは推測にすぎない。
ニューコの当初の事業成果予測は不確定要素が多いが、予測精度を上げるための学習が大切である。
少しでも早く予測精度を上げられれば、有効なビジネスモデルに絞り込むことができるし、被害が大きくなる前に撤退もでき、黒字化の時間も短縮できる。
学習障害の克服
- ・計画を新たなビジネスモデルの試験だとみなす。
- ・マネージャーは計画達成にではなく、そこから何を学習するかに責任を持つ。
- ・主なマネージャーに、いかに利害が学習プロセスを歪めるかを知らしめる。
ニューコとコアコの企画会議を別々に開く。
- ・理論型計画法を利用する。
理論型計画法(TFP):学習する責任を生み出すツール
- ・理論構築の6ステップと検証の2ステップ、計8ステップで進行する。
- ・効率よく学習するためには、ロジックをいくつかの部分に分けて、一つずつ試す。
ロジックを立てる目的の一つは、パフォーマンスを測る測定基準を決めること。
- ・検証に当たっては、事前に数字で予測を立てて対比する。
- 重点は学習におき、学習を積み重ねるに従って予測は都度改定する。
戦略的実験事業を成功させる10のルール
主に欧米の大企業10社のイノベーション成功や失敗事例を調査して、「戦略的イノベーションに向けたルール」を10項目導き出しています。
ルール1と10が一般的、ルール2~4が課題の理由、ルール5~9が成功方法の3つに分類されますので、以下では順不同でポイントを整理します。
一般的なルール
ルール1.すべての偉大なイノベーションの物語において、優れたアイデアは序章にすぎない。
- 急成長のためには、忘却、借用、学習をすることが必要である。
- そのためには、有能で野心的なリーダーがいればいいわけではなく、組織的なDNAを使用しなければならない。
ルール10.企業は戦略的実験事業を通じて、画期的な成長力を蓄えることができる。
- その基礎は、忘却、借用、学習の技術であるので、マネージャーは、いち早くこうした技術を蓄積しなければならない。
忘却、信用、学習の課題についての「なぜ」に関するもの
ルール2.組織全体の記憶の源は根強い。
- 組織は、新たな環境に足を踏み入れた時でさえ、コアコの常識にとらわれがちであるが、ニューコは全く新たな方法で事業展開されなければならない。
ルール3.大企業の戦略的実験事業は、その資産と能力を活かすことで、ベンチャー企業に勝てる。
- コアコの資産と能力を最大限に活用することが、ベンチャー企業に差をつけるポイントとなる。
ルール4.戦略的実験事業には、重要変動要因がある。
- どれだけ調査しても、やってみるまで回答は得られない。
- そのため、成功できるか否かは、当初の戦略よりも実験と学習の能力にかかっている。
それぞれの「どうやって」についてのもの
ルール5.ニューコの組織は、人事、組織構造、システム、組織文化などの点で、ゼロから新規につくりあげなければならない。
- これが、組織の強い記憶を打ち破る唯一の方法であり、ニューコとコアコとの違いを語り合うだけでは不十分である。
ルール6.緊張をとりなすのも、幹部の仕事である。
- ニューコとコアコとのつながりは、ともすると乱れやすい。
- 緊張の原因は様々だが、需給バランスの変化からくる経営資源の取り合いはよくあることである。
ルール7.ニューコの経営計画立案は、独立して行わなければならない。
- コアコのパフォーマンス評価指標は、ニューコの学習を妨げる。
ルール8.利害、影響力、社内政治、経営資源の取り合いや社内競争は学習を妨げる。
- 学習を確実にするには、予測と結果とのズレを分析する、客観的かつ分析的なアプローチが必要である。
ルール9.ニューコの責任は数学ではなく、学習である。
- 厳格に学習することによって責任は果たせる。
- 経営計画に対する達成責任を問うのは、単純ではあるが、非生産的である。
イノベーションの難しさ(まとめ)
本書は2005年に書き上げられ、取り上げられている企業事例は当時調査されたものですが、「監修者解説」では主な企業のその後の経過(2013年6T月時点)が紹介されています。
その経過を見ると、全ての企業業績が向上しているわけではありません。
「戦略的イノベーション事例の成否と、その後の全体業績の良否に関係がなさそう」
というのも、著者たちが予言した通りのようです。
そうなると、先行企業の事例研究、そこから導き出されたフレームワークなどは、意味をなさないことになるかもしれません。
遭遇する課題も、企業が置かれている業界や環境によって違うでしょうし、当事者の受取り方によっても対応策は変わっています。
しかし、本書を含めた様々な事例研究や理論を学習することで、対応策の選択の幅が広がると考えています。
イノベーションの難しさ、さらには大企業に限らす企業経営の難しさを、改めて思い知らされます。
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