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良い戦略、悪い戦略
リチャード・P・ルメルト(著)、村井 章子(翻訳)
出版社:日経BPマーケティング(2012/6/1)
Amazon.co.jp:良い戦略、悪い戦略
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戦略思考を大家が伝授!
「戦略の大家」が、世にはびこる「悪い戦略」を喝破!「実行」と直結しているか?
「単純明快」で「単刀直入」か?
関連書籍
2024年01月20日 リチャード・P・ルメルト『戦略の要諦』日経BP 日本経済新聞出版 (2023/11/25)
本書は、戦略論と経営理論の世界的権威であり、エコノミスト誌「マネジメント・コンセプトと企業プラクティスに対して最も影響力ある25人」の1人に選ばれた著者が、戦略の本質を明らかにし、「良い戦略」と「悪い戦略」の違いを示しながら「良い戦略」の構造や基本的な内容について言及した一冊です。
アップル、IKEA、ウォルマート、トヨタ、GM、シスコなどに加え、著者自身がコンサルティングした企業、さらに第一次・第二次世界大戦、湾岸戦争、トラファルガー海戦など、それらの結果に至った要因を戦略面から解説しています。
- ・「良い戦略」とは、最も効果の上がるところに持てる力を集中投下することに尽きる。そこにはしっかりとした論理構造があり、そのカーネル(核)は「診断、基本方針、行動」の三つの要素で構成される。
- ・「良い戦略」で強みが生み出され活用される源泉は、「テコ入れ効果、近い目標、鎖構造、設計、フォーカス、健全な成長、優位性、ダイナミクス、慣性とエントロピーの打破」である。
- ・「良い戦略」を練るために役立つ思考法として、「理論的・実証的な検証を経るまでは鵜呑みにすべきでないこと」や「思考の幅を広げるテクニック」、「自分自身の判断を下すこと」が大切であるとしています。
著者の理論は「経営資源に基づく戦略論(Resource Based View:RBV)」にあり、前著『多角化戦略と経済成果』は、RBVの中心的人物ジェイ・B・バーニー氏の著書『企業戦略論』でも、マイケル・ポーター氏『競争の戦略』とともに高く評価されています。
今や戦略理論の第一人者である著者ですが、本書は論文や共著を除けば30年ぶりの第二作目となります。
経営者に限らず、事業推進リーダーやコンサルタントに至るまで、戦略立案のヒントが満載、まさに教科書となる一冊です。
『序章』からの引用
良い戦略は必ずと言っていいほど、単純かつ明快である。
パワーポイントを使って延々と説明する必要などまったくないし、「戦略マネジメント」ツールだとか、マトリクスやチャートといったものも無用だ。
必要なのは目前の状況に潜む一つか二つの決定的な要素 ―― すなわち、こちらの打つ手の効果が一気に高まるようなポイントをみきわめ、そこに狙いを絞り、手持ちのリソースと行動を集中すること、これに尽きる。(略)
戦略策定の肝は、つねに同じである。
直面する状況の中から死活的に重要な要素を見つける。
そして、企業であればそこに経営資源、すなわちヒト、モノ、カネそして行動を集中させることを考えることである。
戦略とは、
- ・最も弱いところにこちらの最大の強みをぶつけること。
最も効率の上がりそうなところに最強の武器を投じることである。
- ・組織の存亡に関わるような重大な課題や困難に対して立てられるものであり、それらと無関係に立てられた目標とは異なる。
- ・重大な課題に取り組むための分析や構想や行動指針の集合体である。
- ・組織が前に進むにはどうしたらよいかを示すものである。
戦略を立てるとは、組織にとって良いこと、好ましいことをどうやって実現するかを考えることである。
良い戦略
- ・目標やビジョンの実現以上のことを促す。
- ・直面する難局から目をそらさず、それを乗り越えるためのアプローチを提示する。
- ・状況が困難であるほど、行動の調和と集中を図り、問題解決や競争優位へと導く。
備わっている価値
- ・狙いを定めて一貫性のある行動を組織し、すでにある強みを活かすだけでなく、新たな強みを生み出す。
⇒ 様々な要求にノーと言えるリーダーが必要である。
戦略を立てるときは、「何をするか」と同じくらい「何をしないか」が重要である。
- ・視点を変えて、新たな強みを発見する。
それは、ゲームのルールを変えるような鋭い洞察から生まれる。
⇒ 戦略を考えるときは、常に競争を考慮しなければならない。
悪い戦略
- ・目標が多すぎる一方で、行動に結びつく方針が少なすぎるか、全くない。
- ・厄介な問題を見ないで済ませ、選択と集中を無視し、相反する要求や利害を力ずくでまとめようとする。
- ・目標、努力、ビジョン、価値観といった曖昧な言葉を使い、明確な方向を示さない。
悪い戦略の特徴
- ・空疎である。
華美な言葉や不必要に難解な表現を使って戦略構想を語っているように見えるが内容がない。
- ・重大な問題に取り組まない。
見ないふりをするとか、軽度あるいは一時的といった誤った定義をする。
- ・目標と戦略をとりちがえている。
困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
- ・間違った戦略目標を掲げている。
戦略目標は、戦略を実行する手段として具体的で明確に設定されるべきものであるが、重大な問題とは無関係だったり実行不可能だったりすれば、それは間違った目標である。
悪い戦略がはびこる原因
- ・競争相手の力量を見誤る、自社のリソースを過大評価する、過去の教訓を読み違える、状況の変化による機会や脅威を見落とす、など
- ・分析や理論や選択を一切行わず、地に足の着いていない状態で戦略を立てる。
- ・良い戦略を練り上げるためのハードワークを自ら避けた結果である。
- ・「ビジョン⇒ミッション⇒価値観⇒戦略」といった、お仕着せの穴埋め式テンプレートで戦略を立てる。
良い戦略の基本構造
十分な根拠に立脚した基本構造を持ち、一貫した行動に直結する。
- ・診断
状況を診断し、取り組むべき課題を見極める。
- ・基本方針
診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
- ・行動
基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動であり、全ての行動をコーディネートして方針を実行する。
良い戦略に活かされる強みの源泉
良い戦略では、どのように強みが生み出され活用されているかを、一般的かつ新たな視点を提供できるものとして9項目をあげ、事例を分析しながら具体的に解説しています。
1.テコ入れ効果
- ・良い戦略は、知力やエネルギーや行動の集中によって威力を発揮する。
ここぞという瞬間に、ここぞという対象に向かう集中が、幾何級数的に大きな効果をもたらす。 - ・顧客の反応より競争相手や敵の反応を的確に予測し、効果を数倍に高められるような「支点」を見つけてリソースを集中投下する。
2.近い目標
- ・手の届く距離にあって十分に実現可能な目標をたてる。
高い目標であってもよいが、達成不可能ではいけない。 - ・複雑で曖昧な状況を整理して何に取り組めばよいのかを明確にし、足場を固めて選択肢を増やし、組織階層の下位へと時間軸に沿って送られるようにする。
3.鎖構造
- ・弱い個所によって全体の性能が決まってしまうようなシステムは、鎖のような構造を持つと言い、いくら他の環を強化しても鎖全体は強くならない。
- ・鎖構造の問題点を見つけ、強力なリーダーシップで弱い環の改善に努力し、鎖全体を機能させる。
4.設計
- ・戦略立案は大規模な設計作業とも言え、様々な要素の相互作用を考慮し、最も効率的な組み合わせを見つけなければならない。
- ・戦略的リソースを築き上げ、ブレなく目標に集中して設計する。
5.フォーカス
- ・自社の方針や行動をコーディネートして、相互作用やオーバーラップ効果により大きな力を生み出す。
- ・適切なターゲットに一点集中する。
リソースをフォーカスできず、いくつもの目標を同時に追いかけても、結局はどれも達成できない。
6.健全な成長
- ・独自の能力に対する需要増、優れた製品やスキルの結果として、イノベーションや知恵や効率や創造性の見返りとして、その企業は成長するものである。
合併などの人為的操作によって実現できるものではない。 - ・単に業界全体の拡大基調に乗るものではなく、通常はシェアの拡大や利益率の上昇を伴う。
7.優位性
- ・競争においては、双方が完全に同等ということはあり得ず、数多くの非対称が存在するため、どの非対称が決定的に重要かを探り出し、それを自らの優位に変える。
- ・競争優位を生み出すリソースをまねされない、コモディティ化しないようにすることが重要で、そのためには「隔離メカニズム」を持つことが必要になる。
- ・競争優位と収益性とは必ずしも同期するものではなく、より多くの価値をもたらす戦略を目指すことが重要である。
①競争優位を深める、②競争優位を広げる、③優位な製品やサービスに対する需要を増やす、③競合の模倣を阻むような遠隔メカニズムを強化する。
8.ダイナミクス
- ・自社にとって有利な状況を手に入れるためには、自前のイノベーションによって作り出すか、変化のうねり(ダイナミクス)に乗ることである。
- ・変化のうねりが形成される早い段階で気づいて手を打つためには、予測することではなく過去と現在に目を凝らし、表面的な現象ではなく根本原因を探り波及的変化の兆候を見逃さないことである。
- ・変化のうねりを察知する手がかりとして、①固定費の増加、②規制緩和、③将来予想におけるバイアス、④変化に対する既存企業の反応、⑤収束状態がある。
9.慣性とエントロピーの打破
- ・組織が状況の変化に適応できない性質を「慣性」と呼び、改革プログラムに取り組んでも基本を変えるまでには時間がかかる。
組織の慣性の分類:業務の慣性、文化の慣性、委任による慣性 - ・長い間には秩序が緩み焦点がぼやけてくる「エントロピー」があるため、たとえ戦略や競争環境に変化がない場合でも、目標や組織や行動が本来の方向に向かっているか注意することが必要である。
戦略思考のテクニック
戦略を立てるためには、その分野における十分な知恵と現場の実地経験に加え、目先のことや最初の思いつきに惑わされずに自分の考えを導いていくための習慣をつけることが重要である。
習慣
- ・近視眼的な見方を断ち切り、広い視野を持つための手段を持つ。例えば、リストを作る。
- ・自分の判断に疑義を提出する。
- ・重要な判断を下したら記録に残す。
戦略思考に役立つテクニック
- ・カーネル(診断、基本方針、行動)に立ち帰り、戦略があらぬ方向に逸脱しないようにチェックする。
- ・行動を起こす前に困難な状況を見極め、「何をするか(what)」から「なぜそれをするか(why)」へ視点を移し、戦略の一貫性をチェックする。
- ・最初の案の弱点や矛盾を見つけ出してより良い案を練るために、バーチャル賢人と会議するなどして、良い判断を下す能力や自分の判断を検証する能力を高める。
『ブルー・オーシャン戦略』の著者W・チャン・キム氏、『コア・コンピタンス経営』の著者ゲイリー・ハメル氏も推薦されていますが、本書は戦略論の理論や手法ではなく、戦略の本質や「良い戦略」策定の要諦について理解することできます。
特に、「良い戦略」と「悪い戦略」とを対比しながら解説されていますので、「良い戦略」とはどういうものなのかを再確認することができました。
折しも昨日、株価99円と最安値を更新したNECも本書で取り上げられています。
「穴埋め式チャートで戦略をこしらえる」中で、美辞麗句に満ちたビジョンやスローガンへの警告として例示(以下、引用)
NECの今後10年間のビジョンは、「人と地球にやさしい情報社会をイノベーションで実現するグローバルリーディングカンパニー」である。
(略)
NECの株主資本利益率は2%未満、営業利益にいたっては売上高比で1.5%という低さだ。これでは研究開発費も捻出できない。
NECに必要なのは利益を増やす戦略であって、聞こえの良いスローガンではない。
参考
本書のために開設された著者ブログ:Strategy Land
本書に関連する書籍
『競争の戦略』
M.E.ポーター、新訂版1995年、ダイヤモンド社
『企業戦略論【上】』
ジェイ・B・バーニー、2003年、ダイヤモンド社
『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』
W・チャン・キム、レネ・モボルニュ、2005年、ランダムハウス講談社
『コア・コンピタンス経営―大競争時代を勝ち抜く戦略』
ゲイリー・ハメル、1995年、日本経済新聞社
『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略 (日経ビジネス人文庫)』
ゲイリー・ハメル、2001年、日本経済新聞社
良い戦略、悪い戦略
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