書籍 「事業を創る人」の大研究/田中 聡、中原 淳(著)

書籍 「事業を創る人」の大研究/田中 聡、中原 淳(著)

このページ内の目次

「事業を創る人」の大研究
The Study for Corporate Entrepreneurs

田中 聡、中原 淳(著)
出版社:クロスメディア・パブリッシング(インプレス) (2018/1/29)
Amazon.co.jp:「事業を創る人」の大研究

「創る人」の大研究

新規事業の敵は「社内」にあり!

どのように担当者を選び、仕事を任せ、サポートするべきか?
― 人と組織の観点から、実証データに基づき、新規事業の問題にアプローチすることが本書の特徴です。

本書は、組織・人材マネジメント研究の第一人者である著者らが率いる研究チームが、「人と組織」の観点から新規事業を科学する新しい新規事業創造論です。

事業創出のために、新規事業担当者をどのように選び、仕事を任せ、新規事業構想をサポートできるかという視点でまとめられた、新規事業経験者による実践書であり、経営学者による戦略論の学術書でもあります。

1,500名の新規事業経験者に対するインターネットモニター調査に加え、15名のミドルマネージャーに対するインタビューに基づいて整理されていますので、内容に納得感があります。

本書は、6章で構成されており、巻末の「特別付録」では、15名の創る人たちを調査分析して明らかになった成長プロセスが収録されています。

その収録には、創る人は、どのような思いで4つのジレンマを経験し、いかなる葛藤を抱えながらその苦悩を乗り越えていくのか、創る人だけでなく、創る人を支える上司や経営者にとって、新規事業を創出していくためのガイドとなります。

  • ・第1章では、「事業を創ること」を取り巻く現状と課題を概観し、事業を創る最大の鍵は「人」であることを確認し、創る人だけでなく、支える人、育てる組織の重要性について論じています。
  • ・第2章では、創る人とはどういう人なのかを、データと先行研究を織り交ぜながら実像に迫っています。
    どのような学生生活や入社後のキャリアを歩んできたのか、独自の調査に基づいて解剖し、またイノベーターがどのような思考特性や行動特性を持っているのかについても触れています。
  • ・第3章では、新規事業に配属する人材の見極めは非常に重要であり、それ以上に任せ方も重要であることを提言し、創る人が非連続的な役割の変化を円滑に乗り切るために必要な任せ方のポイントについて説明しています。
  • ・第4章では、創る人を支える人に着目し、創る人がつまずくポイントを整理し、誰からどのようなサポートが支えとなり、新規事業を後押しするのかを明らかにしています。
  • ・第5章では、創る人を育てる組織に着目し、新規事業に対する経営層や既存事業との関わり方や、創る人のセカンドキャリアの設計、新規事業を育む組織風土について考察しています。
  • ・第6章では、90年の歴史を誇る伝統的メーカーと創業20年のベンチャー企業の取り組み事業を紹介しながら、創る人と新規事業で変革を生み出す組織の創り方を整理しています。

本書を通じて、まず創る人にお伝えしたいことは、新規事業を立ち上げるプロセスにおいて、先々で直面する幾多の障害を前に立ちすくんでしまうのではなく、本書を頼りに「何が起きるかはだいたいわかっているんだ」と安心して一歩前に進んでほしい、ということです。

そして、支える人に対しては、新規事業に挑戦する人が身を置く状況や直面する課題を正しく理解し、必要に応じてサポートやフィードバックをして欲しいと思います。

新規事業は「人」と「構造改革」

「事業を創る」とは

事業を創る活動とは、既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出すること

  • ・ポイント1
    既存事業との関連を一切無視して新規事業を考えることはできない。
  • ・ポイント2
    社内外の様々な利害関係主体を巻き込み、その資源を動員する組織的なプロセスである。
  • ・ポイント3
    アイデアや革新性や新規性ではなく、経済成果を生み出す活動である。

新規事業の概ね共通するプロセスは、「事業構想段階」「社内承認段階」「事業化段階」の3つのフェーズがある。

オープンイノベーションとは以下の両方を指し、調査結果では、日本での現状は49.6%が推進を奨励しているものの、実際に施策を講じているのは30.1%に留まっている。

  • ・企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造すること
  • ・組織の外部で生み出された知識を社内の経営資源と戦略的に組み合わせることと、社内で活用されていない経営資源を社外で活用することにより、イノベーションを創出すること
問題は「人材」だけではなく「構造上」の問題もある

ある調査結果によると、経営幹部の4人中3人が、自社の新規事業がうまくいかない原因は「人材の問題」だと感じている

  • ・新規事業の成功を左右するのは「戦略」よりも「人」だと痛感している。
  • ・経営層が創る人に対して求めているのは、新しいアイデアを構想し、未知の分野を恐れずに挑み、誰がなんと言おうと突き進んでいけるような推進力のある人物である。
  • ・新規事業の成功を左右するカギは、アイデアや構想よりも「組織の中でうまく物事を進めるために他者を巻き込む力」である。

新規事業促進施策で重視すべきは、アイデアの良し悪しだけでなく、プラン採用後に資金や人員を動かせることを保証するメカニズムの有無である。

  • ・決して「アイデア勝負」などではなく、創出されたアイデアが実現されるまでのプロセスをいくつかの段階に分けて考える。
  • ・事業の成否の先にあるシナリオまでを見据え、それぞれの対策を打っていかないと、いずれアイデアが腐るメカニズムになる。

創る人の成長とともに新規事業が成功していく構造へと変革していく、三位一体改革が重要となる。

  • ・創る人:障害に向かって乗り越える新規事業担当者
  • ・支える人:担当者の進む道を妨げるものを取り除きながら伴走する経営者や上司
  • ・育てる組織:新規事業担当者とその部門を見守り、人と事業が育つ土台となる会社組織

創る人の実像と発掘・登用

創る人の実像

大学時代からリーダーシップを発揮し、社会人との交流機会も豊富で、入社後のしばらくは既存事業でキャリアを歩む傾向がある。

既存事業での経験は、社内人脈を得たり、組織内地図を理解したりする上では有効であるが、長すぎると「過剰適応の罠」や「能動的惰性」に陥る可能性があるので注意する必要がある。

アイデアが成功するには、そのアイデアが成功する見通し(アイデアの質)よりも、そのアイデアに政治的な支援を集められるかどうかに関する見通しのうほうが重要である。

周りを巻き込んで資源を調達する「ネゴシエーター」と、限られた資源の中で「ありあわせ料理」をつくれる「エフェクチュエーター」の要素を兼ね備えておく必要がある。

創る人の「選び方」

新規事業への移動に対するイメージの分析では、新規事業の業績を上げる影響は以下の傾向がある。

  • ・ポジティブなイメージでは、「成長するための機会だと思った」という項目が影響しており、事業を創るプロセスから学ぼうとする内発的な成長意欲こそが原動力となっている。
  • ・ネガティブなイメージでは、「出世コースから外れたと思った」という項目が影響しており、出世競争という内向きな集団意識よりも、「社外の異質の知の獲得」や「リスクに対するチャレンジ」を促進している。

業績志向(業績目標志向性)よりも成長志向(学習目標志向性)の高い人が、新規事業の担い手として適任である。

新規事業は、初めて任される1度目よりも2度目以降のほうが、成功確率は上がる。

  • ・創る人本人の学びの姿勢が伴うと、「経験者のセカンドチャンス」に真の意味がある。
    新規事業に対する前向きな気持ち、成長するために積極果敢に困難な仕事にチャレンジし、経験から失敗の原因を振り返り、身の処し方や誰に話を通せばいいのかなど、成功のための一手を得ようとする姿勢
  • ・「ストレッチ経験」「振り返り」「リベンジ意欲」を持つ人材は、新規事業を成し遂げる要素を持ち合わせている。
    実力を超えた仕事の目標へチャレンジする経験、その経験から得た学びを活かしてリベンジしたいという前向きなモチベーション
新規事業の任せ方

新規事業を任せるときの留意点

  • ・既存事業と新規事業のゲームの違いを理解させる。
    新規事業においては「指示通りに正解を積み上げる」のではなく、「ゼロから試行錯誤しながら形づくる」というルールであることを伝え、マインドセットの転換を図る。
  • ・この先に起こり得るジレンマを予告しておく。
    新たな仕事の良い面とネガティブな面を事前に伝える「現実的職務予告(RJP:Realistic Job Preview)」と、どんなジレンマを乗り越えなければならないかを伝える「現実葛藤予告(RDP:Realistic Dilemma Preview)」を予告しておく。
  • ・なぜ任せるのか、期待を伝える。
    現状の経営環境と今後の事業計画、なぜ新規事業を必要としているかなど、単に指名した理由を合理的に説明するだけでなく、個人の今後の成長や事業経験後のポスト候補などの「今後の期待」を伝える。
  • ・事業の出口を前もってイメージさせ、事業のシナリオに応じた撤退基準とインセンティブプランを用意し、事前に握っておく。
    「何が大事な価値基準に据えて事業を進めているのか」という事業の羅針盤を、創る人と会社が常に共有し、同じ目線に立って関わる。

「任せた」ではなく、「一緒に乗り切ろう」という共同登山のスタンスを明確に示す。

新規事業を進めていくプロセスを伴走しなっがら支援し、結果に対する責任を共有する。

4つのジレンマと創る人を支える人

4つのジレンマと直面する11の問題

創る人15名を対象にインタビュー調査をした結果、「事業を創る」を通して創る人が直面する苦境には4つのジレンマがある。

4つのジレンマを通して11の問題に直面するが、対立する人たちと向き合い、自問自答していくことで、創る人は「一個人としての視点」から抜け出して「経営者としての視点」を獲得する。

事業構想段階 承認段階 事業化段階
「既存事業部門」のジレンマ
①既存事業部門とのミスコミュニケーション
②既存事業部門からの批判 ②既存事業部門からの批判
「経営層・上司」のジレンマ
③経営陣の反対
④上司による場当たり的なマネジメント
⑤上司による必勝前提としたマネジメント
「部下」のジレンマ
⑥戦力人材を確保できない状況下でのマネジメント
⑦後手に回る部下の育成
⑧モチベーションの低い部下のマネジメント
「自己」のジレンマ
⑨新規事業プランを生み出せないジレンマ
⑩過去の成功体験に基づく思考体系の適用と失敗
⑪新規事業部門の解散又は解散の危機
創る人を支える

新規事業には正解がないため、一つひとつのアクションを検証し、フィードバックを重ねることで正解を探っていく必要がある。

そこで、自分のアクションを客観的に振り返ることを、一緒に検証してくれる第三者の存在が重要になってくる。

支える人のキーマンは、「経営者」「新規事業経験のある上司」「社外の新規事業担当者」である。

  • ・経営者が管掌している新規事業ほど業績が上がりやすい。
    組織内での新規事業の立ち位置が明確になり、既存事業部門の批判を抑えることができる。
  • ・新規事業を創った経験のある上司のもとでは、部下の業績も高くなる。
    事業を創る力は、事業創出の経験者による経験の振り返りとサポートによって育まれる。
  • ・社外の創る人と積極的に関わる機会を持つことは、事業での成果に対する効果と、事業を創る人の成長・学びに対する効果がある。

経営者は、安易な多産多死型スタンスではなく、深くコミットすることが求められる。

  • ・既存事業における成果主義を持ち込むことでも、失敗を責めることでもなく、「やるからには成功させよう」という一意専心の覚悟が必要である。
  • ・既存事業に関しては優れたリーダーに権限を委譲し、トップの役割は新規事業を自ら生み出すことと明確に定義する。
  • ・経営層自ら創る人となって、率先垂範して新規事業を生み出し、舵を切る姿勢が時には必要である。
創る人の成長プロセス

4つのジレンマの経験は、事業を創る人の視座を変える重要な学びの機会にもつながっており、4つの成長プロセスを経て経営者の視点を身に着けていく。

他責思考期

  • ・新規事業を創出する過程において生じる、社内の周囲とのコンフリクトや挫折・失敗経験について、その責任の所在を他者や環境に向けている段階
  • ・新規事業立ち上げの初期段階で見られ、責任の所在を他者に向けた思考・態度になる。

現実受容期

  • ・働く目的を自問自答し、新規事業への関わりを積極的に意味づけようとする思考が生じ、自分の置かれている状況を鳥瞰的な視点からとらえようとしている段階
  • ・より視野を広げて新規事業や自分の立場を考えるようになり、働く理由、事業の価値を考え直し、鳥瞰的視点での現状認識を持ち、現実を受け入れるようになる。

反省的思考期

  • ・これまでの問題の原因や責任の所在を自分自身の能力やスキルの問題としてとらえ直す自責思考を持ち、過去の経験から培われた思考様式・行動様式を批判的に省みている段階
  • ・孤立感が消え、他者からの支援を感じられると不条理な現実を自分の問題としてとらえるようになり、リーダーとして自分には何が不十分でるかを自問するようになる。

視座変容期

  • ・一部門の責任者としての限定されたものの見方・考え方を拡張し、経営者としての視点から全社を俯瞰し、長期的な視野で会社の成長をとらえる視座を獲得している段階
  • ・新規事業に対する視点が「一社員の視点」から「経営リーダーの視点」へと変わる。
    ここで、他者本位思考になり、リーダーマインドを持つことが経営者視点の獲得となる。

「事業を創る」ということは、創る人と支える人を育て、未来ある組織を創ることです。

事業を創るのは、新規事業の担当者である創る人だけではありません。
創る人の上司や事業化を左右する経営者など、支える人も、そして新規事業を育てる組織もまた「事業を創る人」なのです。

だからこそ、新規事業によって貴重な人材育成の芽が潰されないようにしていただきたいのです。

新規事業は、人と事業を育てる”育成事業”なのですから。

まとめ(私見)

本書は、事業創出のために、新規事業担当者をどのように選び、仕事を任せ、新規事業構想の推進をサポートするかを、人と組織の視点からアプローチしています。

これまでの多くの書籍では、新規事業は成功を収めた企業や経営者の「戦略論」であったのに対し、本書は著者の専門である人や組織の視点から語られた新規事業創造論と言えます。

環境変化の激しい現在において、「新規事業を創出しよう」とトップが掛け声をかけるものの、現場任せで進んでいない企業が散見されます。

私自身も経験ありますが、事業を進めていく中では「孤立感」があり、その時に客観的な視点からアドバイスをしてくださった先輩の存在に勇気付けられました。

本書でも指摘されている、創る人に「よき理解者とよき支え」の存在が必要だと思います。

  • ・新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力
  • ・新規事業の敵は「社内」にあり
  • ・出島モデル、ゼロイチ信奉の罠

など、本書では多くの気づきを与えてくれていますし、「創る人」と「事業を育てる組織を創る」うえで気を付けるべきポイントにも言及してくれています。

今や、特定の人が新規事業を創出するのではなく、既存事業においても新たな視点で事業を見直していくことも必要であり、その意味においては、社員全員が「創る人」になる仕掛けを用意することが必要ではないかと思います。

そのためには、既存事業と新規事業との関わり方、新規事業に前向きな組織風土をつくるために必要な視点、創る人への評価方法や処遇、その後のキャリアの考え方など、様々な視点からの改革が必要になってきます。

本書は、「創る人」の実情を確認することができ、関わり方を見つめ直すきっかけになる一冊でした。

目次

はじめに

「事業を創る人と組織に関する実態調査」の概要

序章 事業創造の実態を探る

1 新規事業創造論の盲点は「人」

2 新規事業の成功確率は“挑戦母数"がカギ

3 新規事業の敵は、「社内」にあり

4 「新規事業は君に任せた」と言った時点でゲームオーバー

5 新規事業に関わる全ての人のための「見取り図」

第1章 新規事業は「人」で決まる

1 そもそも「事業を創る」とは

2 「事業を創る」の現状

3 問題は「人材」にあり、と決めつける前に

4 創る人をもれなく「廃人」にする魔の見取り図

5 「事業を創る」は“三位一体"である

第2章 データで見る、創る人の実像

1 入社前の実像【学生生活編】

2 入社後の実像【初期キャリア編】

3 「成功する」創る人の特徴

第3章 創る人を発掘し、任せる

1 創る人の選び方

2 新規事業の任せ方

3 「任せた」で終わらない

第4章 創る人を支える

1 創る人を待ち構える“死の谷"

2 創る人が直面する悶絶体験──4つのジレンマとの戦い

3 創る人は孤独

4 創る人を支える人

第5章 創る人と事業を育てる組織

1 既存事業との対立構造にどう向き合うか

2 人と事業を育てる組織風土

3 人と事業を育てる人材マネジメント

4 人と事業を育て、会社の未来を創造する

第6章 Interview 事業を創る先進企業の最前線

企業の中で事業を創る人とは、どういう人なのか?

創る人が活躍するために、組織はどうあるべきか?

おわりに

特別付録 新規事業は「人を育てる」― 創る人の成長プロセス

「事業を創る人」の大研究

「創る人」の大研究

「事業を創る人」の大研究

田中 聡、中原 淳(著)
出版社:クロスメディア・パブリッシング(インプレス) (2018/1/29)
Amazon.co.jp:「事業を創る人」の大研究

トップに戻る

関連記事

前へ

書籍 9プリンシプルズ(Principles) 加速する未来で勝ち残るために/伊藤 穰一(著)

次へ

書籍 パラノイアだけが生き残る(PARANOID SURVIVE)/アンドリュー・S・グローブ(著)

Page Top