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オマール・アボッシュ『ピボット・ストラテジー』東洋経済新報社(2019年)を参考にしてATY-Japanで作成
『ピボット・ストラテジー』(オマール・アボッシュ、東洋経済新報社、2019年)では、「過去・現在・未来」の事業における3つのライフステージのそれぞれを管理し、新しい「ピボット(方向転換)」の考え方に置き換えることを提言しています。
そのうえで、過去の中核事業から未来の中核事業へのピボットを開始する際に、3つの「賢明なピボット」と9つの「制御レバー」によって、必要な資産と資源のポートフォリオを構築・維持することができるとしています。
そこで、3つの「賢明なピボット」と9つの「制御レバー」について、主なポイントを整理します。
3つの「賢明なピボット」と9つの「制御レバー」
「賢明なピボット」とは、これまで誰も手を付けていない新しい収益源、市場の非効率性が原因で「封印された」状態になっている「潜在的収益価値」を他社よりも先に手に入れて、将来の成長を確実なものにするための戦略としています。
「潜在的収益価値」とは、テクノロジーの進歩によって新たなツールが生まれ、競合他社がそれを使って新しいデジタル製品やサービスを創造して、満たされていない潜在的な需要を解放して生み出される収益のことを意味しています。
そして、テクノロジーが可能にする変化のペースと、その変化が実現されるスピードの間にはギャップがあるとして、この「潜在的収益価値のギャップ」を意識した対応も重要となります。
そこで、3つのライサイクル・ステージの間でバランスのとれた資産と資源のポートフォリオを使用して賢く実行していくために、「イノベーション能力」「財務規律」「人的資本(従業員と利害関係者)」の3つの中核資産を組み合せて、企業の歴史・文化・可能性を構築することが必要となります。
この3つの資産を中心としたピボットを実行していくために、それぞれに3つの「制御レバー」があります。
イノベーションのピボット
- ・「集中」のレバー:イノベーションは、どの程度集権化されるべきか?
- ・「制御」のレバー:イノベーターは、どの程度の自律性を与えられるべきか?
- ・「志向」のレバー:イノベーターは、どの程度の潜在的収益価値のギャップに狙いを定めるべきか?
財務のピボット
- ・「固定資産」のレバー:いつインフラは資産から負債に変わるのか?
- ・「運転資本」のレバー:在庫はどのくらいが適切か?
- ・「人的資本」のレバー:自社の従業員を評価できているか?
人材のピボット
- ・「リーダーシップ」のレバー:オペレーター型と起業家型の2つのリーダーを、どのようにして融合させるか?
- ・「労働」のレバー:人間とマシンのバランスは、どのようにしてを取るべきか?
- ・「文化」のレバー:ひとつの文化と「文化の中の文化」を、どのようにバランスさせるか?
イノベーションのピボット
イノベーションのピボットを管理するには、財務や人材のピボットと同様に、意思決定の主要な3要素(戦略の外観、スピード、軌跡を定める制御レバー)を見直し調整する必要がある。
但し、どのような決断を下す場合でも、賢明なピボットの一環として、これらのレバーの設定と調整のプロセスを標準化する必要がある。
少なくてもいくつかのレバーを調整し、そうした設定がポートフォリオにどの程度貢献しているか、頻繁に見直す必要がある。
「集中」「制御」の2つのレバーは、イノベーションがどこで起こり、開発者がどれだけの自律性を与えられるかを決定し、「志向」のレバーは、イノベーションに向けた努力が、どれだけの潜在的収益価値のギャップを埋めることを目指すべきかを決定する。
集中:集権型 vs 分散型
イノベーションを中央集権化することは統合管理する上ではプラスだが、従業員や外部の利害関係者が最高のアイデアに基づいて行動する能力を妨げる。
過度の分散は短期的には利幅の拡大に役立つかもしれないが、将来的にはより大きな成長機会を逃すリスクがある。
特に会社の他の部分から物理的・文化的に切り離されている場合は、イノベーションを過度に集中させることも危険がある。
集中型イノベーションと分散型イノベーションの間にはトレードオフがあり、定期的に見直しを行う必要がある。
企業が生き延び、繁栄するためには、自分たちの中核事業を破壊する必要があり、そかもそれを他の企業がやるよりも先に実行しなければばらない。
トップからリーダーシップを発揮すること、いわゆる「管理されたイノベーション」が必要である。
常に関連するステージに応じて適切に投資を行い、アイデアが商用化に近ずくにつれ、より手厚い投資を行う。
イノベーションの位置をより慎重に管理することが重要で、その適切なバランスは、市場の状況や業界、企業文化によって異なる。
強力なリーダーシップチームの下にイノベーション機能を集中させ、それに特化した投資を行ってイノベーションの役割と責任を明確にする。
制御:指示型 vs 自律型
研究開発やコーポレート・ベンチャーファンドのマナ―ジャーに対し、専門性を尊重して、最も有望だと思うプロジェクトに自由に取り組めるようにした場合、行き詰まったプロジェクトが長期にわたって残り続け、貴重な資源が有望な取り組みへと回されなくなる可能性がある。
過度な場合、コントロールを強くし過ぎたり弱くし過ぎたりすると、最適な結果が得られなくなる。
何を変革すべきか、何のために改革すべきなのかを示すアプローチは、イノベーション・ポートフォリオの戦略的な整合性を最大化するが、開発者の創造性と専門知識を過小評価してしまう。
「新しい」とは何を意味するかを長期的な視点で考え、業界のルールを完全に書き換える可能性のある新技術の展望を見極めた上で、賢明なピボットを実行する。
最も創造的で、官僚主義に染まっていない従業員と外部パートナーによって支えられ、常に「行動の自由」を必要とする。
リーダーシップの性格を変え、最高責任者レベルの経営者に対してイノベーションを阻害することなくその方向を規定するスキルを学ぶ必要がある。
管理が多過ぎる場合と少な過ぎる場合の絶妙なバランスをとるためには、測定基準を明確にすることも必要である。
志向:漸進型 vs 破壊型
イノベーションへの投資の一部は、範囲をより限定し、成功を確実なものにする必要がある。
潜在的収益価値のギャップの上限に近いところにある先端技術を使った実験は、ビッグバン型創造的破壊を生み出す可能性を最大化するが、「ムーンショット(実現するのが非常に困難な、大胆で革新的な目標を指す言葉)」だけに賭けるという行動を取ることはできない。
3つのライフサイクル・ステージ内で、資源をどのように割り当てるかを決定する。
潜在的収益価値のギャップを狙って、イノベーション資源をどのように配分するかは、多くの要因によって左右され、他のピボットの要素と同様、市場の状況に応じて変化する。
あらゆるピボットと同様に、どちらかの方向に行き過ぎたり、タイミングが早過ぎたりすると、競争状況を悪化させてしまいかねない。
トレードオフを管理するためのアプローチとして、多様化を採用する。
未来の事業で競合企業に先んじるために、現在販売している製品の共食いを進めることが必要となる場合もある。
レバーを巧みに調整するには、これまで以上に幅広いパートナーと協力するために不可欠な、組織の「筋肉」を発達させる必要がある。
漸進的イノベーションと創造的破壊力のあるイノベーションの間のイノベーションを管理する方法は、過去及び現在の事業における製品の内、最も成功した製品を未来の事業に活用することである。
できれば、既存の企業が比較的注目していない他業界の製品を活用する。
財務のピボット
イノベーションのピボットを行うことは、企業の財務、特に固定資産・運転資本・人的資本という最も重要な資本・資源に大きな影響を与える。
戦略が資産管理に大きな変更を必要とするか、それとも小さな変更で済むかは、直面する潜在的収益価値のギャップの大きさと形に依存する。
イノベーションのピボットと同様に、投資が具体的にどのような輪郭をとるかは、業界が直面している創造的破壊の種類に応じて決まる。
しかし、一般的に潜在的収益価値のギャップが大きくなればなるほど、またそのギャップが急速に拡大すればするほど、「財務のピボット」のレバーを調整する必要性が高まる。
ある競合企業にとって正しいことが、全ての企業にとって正しいとは言えないが、創造性と決断力をもってすれば、古いものへの設備投資は差別化要因となり、競争優位の源泉にもなり得る。
固定資産:所有 vs サービス
固定資産を削減することで、継続的なコストを削減し、陳腐化のリスクを軽減できる。
新しいテクノロジーが魅力的なものになった際に、迅速にビジネスソリューションや運用モデルを移行するための機敏性が向上する。
しかし、製造や流通、小売、テクノロジーに関する能力を、必要に応じて他社から獲得するモデルを採用することは、企業としての独自性を弱め、自分自身のイノベーションを展開する能力を損なう可能性もある。
運転資本:既製品 vs オーダーメイド
在庫処理コストを削減することで、保管コストが蓄積するリスクを最小限に抑えることができる。
生産を急ぎ過ぎた場合に、在庫一掃セールの実施を余儀なくさせられるというリスクも最小限に抑えられ、全体的な収益性が向上する。
しかし、在庫が少なすぎると規模の経済性が低下し、需要を過小評価するとブランドにダメージを与え、機会損失が起こる。
新しいテクノロジーを利用することで、在庫をより正確に管理するだけでなく、在庫管理の専門知識を競争上の優位性に変えることができる。
人的資本:再教育 vs 方向転換
従業員のスキルは、どんな業界でも究極の差別化要因となる重要な資産であり、必要に応じて購入することが最も難しい資産である。
しかし、潜在的収益価値のギャップの拡大によって生み出される創造的破壊は、正社員を抱えることのメリットを急速に消し去りつつある。
一方、企業が求める労働力が不足しているため、新しいテクノロジーに関する新しいスキルを従業員に身に着けてもらう必要性が急速に高まっている。
テクノロジーがもたらす創造的破壊のペースによって、従業員のスキルや専門知識を再考することも、業界を問わず必要になっている。
創造的破壊によって求められるのは、古い設備の交換やインフラのアウトソーシングだけではなく、過去の資産の専門家であった従業員に対する再教育や退職を迫ることも強いる。
過去・現在・未来の事業の中で財務ポートフォリオのバランスをどのように取るにしても、賢明なピボットを成功させるためには、企業にとって最も価値ある資産のひとつである従業員を注意深く戦略的に管理する必要がある。
人材のピボット
過去・現在・未来において、事業を上手く管理するためには、個性を重んじながら、幅広い人々や文化を共通の目的のために団結させることが重要である。
多様性、包摂性、マインドフルネス、継続的な学習を含む、幅広いアプローチを採る必要がある。
将来への新しいビジョンを示し、その中には、デジタル時代において成功するリーダーシップに焦点を当てた経営層向けトレーニングプログラムも含まれる。
管理職に向けて多様な人材を育成することは、一般的な労働条件の変化も意味している。
「人材のピボット」は、「現場の従業員」だけに適用されるのではなく、3つのステージすべてを通じてリーダー陣も一緒になり、時には自社の枠を超えて、さまざまな人材を活用することも含まれる。
従業員の代わりにテクノロジーを使用するというよりも、テクノロジーによって従業員に力を与えるという方に大きなチャンスがある。
リーダーシップ:オペレータ型 vs 起業家型
ビジネスの創出に重点を置いたリーダー(起業家)と、ビジネスの運営に重点を置いたリーダー(オペレーター)との間には、本質的なトレードオフが存在するが、継続的な創造的破壊を特徴とする環境においては、その両方が必要となる。
人材を3つのライフサイクル・ステージに分散させ、どのようにして適切に組み合せ、そのための投資と管理を進めるかを考える。
「包摂的なアプローチ」戦略を採用し、リーダーが束縛され、統率されていると感じてしまうような物理的・概念的な障壁を取り払う。
現在の中核事業を運営しながら、それを未来に向けて再構築することのできるリーダーは、以下の特徴を持っている。
- ・内向きになって戦略に関する古い理論を適用して「コア・コンピタンス」を見つけて拡大しようとするのではなく、潜在的収益価値のギャップを埋めることに狙いを定め、ベンチャー投資家や起業家、次世代の技術開発者とコラボレーションする。
- ・戦略的な計画を立てる代わりに、顧客、サプライヤー、学生、そして自分たちがつくる製品に強い関心を持つ人々からアイデアを募る。
- ・潜在的な競争相手に手を差し伸べ、創造的な実験を行う機会を得るために、企業秘密を交換するリスクをとる。
新しい製品や事業をいつ、どのようにして立ち上げるかを知る専門家になることで、リスクを最小限に抑える。
労働:人間 vs マシン
将来のあり方は、「ミッシング・ミドル」における可能性に取り組む必要が生まれる。
「ミッシング・ミドル」とは、「マシンと人間は新しい協力的なパートナーシップによって助け合うようになる」という、新しい仕事の形態のことで、人間に任される仕事の性質を改善する。
「ミッシング・ミドル」で成功するには、AIアプリケーションと、それを扱う従業員の再教育に多額の投資が必要となる。
「ミッシング・ミドル」に目を向けるということは、共感やコミュニケーションのような、ある種人間的スキルが重要性を増し、その一方で管理のような他のスキルの重要性が低下することを意味する。
人間とマシンが共に働く職場の可能性を最大限に引き出すには、企業が「ビジネスプロセスの根本的な再構築」に取り組む必要がある。
「ミッシング・ミドル」の詳細は、『HUMAN+MACHINE 人間+マシン:AI時代の8つの融合スキル』東洋経済新報社(2018年11月)に解説されています。
文化:単一の文化 vs 多様な文化
未来にピボットするためには、若い世代の労働者の社会的価値や労働倫理など、情報革命を引き起こしたオープンで起業家精神にあふれた文化をもっと取り入れる必要がある。
リーダーは、皆が信じている共通の使命を含め、自分たちのブランドを差別化する原則を見失わないように注意しなければならない。
未来へと事業を拡張するために、時には新しいテクノロジーを使い、企業文化の基盤を強化する必要がある。
ビジネスリーダーは、過去の事業における強固で単一の企業文化と、より暖かくよりオープンなアプローチの「文化の中の文化」とのバランスを取る必要がある。
急速に拡大する潜在的収益価値のギャップを埋めるには、創造性、実験、起業家精神、及びその他のスキルが必要となるが、過去と現在の事業の成功の鍵となるプロセス中心の企業文化とは上手く調和しない。
未来に向けてピボットするには、現在の中核における最良の要素と、今最も成功している創造的破壊者のツール、手法、新しいテクノロジーとを融合させる必要がある。
関係する書籍(当サイト)
-
HUMAN+MACHINE
人間+マシン:AI時代の8つの融合スキルポール・R・ドーアティ(著)、H・ジェームズ・ウィルソン(著)、保科 学世(監修)
出版社:東洋経済新報社(2018/11/23)
Amazon.co.jp:HUMAN+MACHINE 人間+マシン -
ピボット・ストラテジー
未来をつくる経営軸の定め方、動かし方オマール・アボッシュ(著)、ポール・ヌーンズ(著)、ラリー・ダウンズ(著)、牧岡 宏(監修)
出版社:東洋経済新報社(2019/10/4)
Amazon.co.jp:ピボット・ストラテジー
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